■企画・記念小説部屋■
□拍手ログ2010年8月〜12月
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【弾ける誘惑】
*シキアキ(虎穴)
終点を告げたバスから降りたシキが見たのは青く光る海、そして鮮やかな緑に覆われた山だった。
「…ごめんって言ってるだろ」
暮れなずむ空を堤防に腰掛けて見つめたまま動かないシキに少し困ったようなアキラの声。
それに混ざるように目の前の海からは波の音、後ろに広がる里山からは蝉の声が大合唱を奏でていた。
シキは不機嫌を隠さず眉間に皺を刻んでアキラを見ようとしない。
いつだったか、似たような時期にもこんな場所でこうしていたような気がする――とシキは思った。
「先に用を済ませてくる。お前はチケットを買って来い」
土地を転々としながら流浪の旅をするアキラ達の移動手段は何も徒歩ばかりではない。時にはバスや電車を使うこともある。
今回は高速バスで移動することに決めていた。いつもはチケットの手配はシキがしていたが出発前に用事が残っていたのでアキラに任せることにした。
いつもシキが買うのを見ていたからアキラも二つ返事で了承した。
ちゃんと買ってきたぞ、と自慢げに差し出したチケットをどうしてよく確かめなかったのか己の迂闊さを呪った。
乗り込んだバスが発車すると同時に少し休むと言い眠ったシキが次に目を覚まし、降り立った場所は予定とは違う随分とひなびた海沿いの町だった。
「…チケット買うときに、人が話してるのを聞いたんだ。今日、この街で花火大会があるって」
「…まさかその花火を見たいがためにここまで来たのか」
「…………」
堤防に膝を抱えて座り、俯いてしまったアキラを横目に呆れたようにため息をついた時、藍色を深くしたの空の向こうが光った。
それに少し遅れてやってきた雷鳴に似た音にアキラが顔を上げた。
ひゅるひゅると光の尾を引きながら次々と夜空に上がる色とりどりの花火にアキラの目はどこか輝いて見える。
ああ、思い出した。
去年も確か、こんな海辺の町で、こんなふうに堤防に座って花火を見ていた。
その時もアキラは今みたいに興味深そうに花火に釘付けになっていた。
そして、終わったあと確かに言っていた。
『また、来年も見たい』
そう言っていた。
シキは呆れたような溜め息を吐くと堤防を降りて歩き出した。
「おい、どこ行くんだ」
おもむろに歩き出したシキの背中へ向けられた少し焦ったようなアキラの声。
慌てて堤防を降りて追いかけてくるアキラにシキは前を向いたまま歩みを止めず言った。
「ここよりもう少し先の方がよく見えるだろう」
シキの言葉に曇った顔が一気にぱっと明るくなったのを視界の端に見た。
間断なく上がる花火を見上げながら二人並んで歩く。
赤い花火が上がった時一層輝くアキラの顔をシキはずっと見ていた。
2017.5加筆修正
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