■企画・記念小説部屋■

□拍手ログ2009年3月〜5月
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【繋いだ手は桜の下】(シキアキED2)





「いやあ、今日は貴公と実りある会談ができて光栄の極みですな!!ああそうだ、この地域でも先日漸く桜が咲きまして、
まだ満開とはいきませんがなかなか見事な桜の名所がありましてな。宜しければ私がこのあとご案内して……」
「結構だ」
 両手を擦り揉みながらべらべらとおべっかをまくしたてる肥え太った男をシキの冷たい声がぴしゃりと打ち据えた。


 ニホン全土を統一しようとするシキの勢いは止まることを知らず、端の端までその手を伸ばしつつある中、同盟を申し出てくる地域も少なくなかった。
 今日もそんな地方の代表者との会談にシキはアキラを伴ってやってきていた。
 シキに一蹴された代表の男は笑顔の口端をひくつかせながらもめげずに媚びるような声音で食い下がった。
「さ…さようでございますか。それでは長旅でお疲れでしょうからお部屋へご案内して…」
「いらん。話は済んだはずだ。これ以上ここに長居するつもりは無い。――アキラ、行くぞ」
「…はい、総帥」
 呼ばれたアキラが先を行くシキに続こうとして通り過ぎざまに見た代表の男は、真っ赤にした顔に怒りを顕にしてわなわなと震えていた。
 それきり男には一瞥もくれることなくホテルを後にした。






 静かなリムジンの車内。
 シキは窓枠に頬杖をついて外を眺めている。窓に映るその表情はどことなく不機嫌な色が浮かんでいる。
「総帥」
「なんだ」
「お疲れのようです、少し眠られてはどうですか?城に着いたら起こしますから」
「余計な気を回すな。必要ない」
「…失礼しました」

 シキに一蹴され再び車内に沈黙が訪れ、手持ち無沙汰なアキラは手に持っていた先程の議事録を眺めた。
 書かれているのは代表者側の一方的な要求ばかりで見ているだけで反吐が出た。
「―――停めろ」
「はい?」
 不意にシキから発せられた台詞に思わず聞き返した。
「車を停めろ」
「あ、はい…」
 リムジンを路肩に停めさせるとシキはおもむろに車を降りてどこかへ向かって歩き出した。
「総帥、どこへ…」
 アキラを待たないシキに追いつこうとアキラは走った。
 先程車で通り過ぎた道を歩き、いくつめかの角を曲がると漸くシキは足を止めた。
「待ってください、総す……」

 角を曲がるとそこに在ったのは道の向こうまで続く、空を遮るように覆う薄紅の天幕。
「八分咲き、というところか」
「――は、ぁ…」
 知らず感嘆のため息が漏れる。
「代表者とやらは気に食わんがこの景色は悪くは無いな」
 桜のトンネルの中にシキが足を踏み出す。


 薄紅の世界に突如現れた漆黒。
 まったく異質であるはずのそれはこの薄紅の空間と相俟って幻想的で――美しい。


 見とれたまま足を止めているアキラを振り返ったシキが、こちらへ手を差し伸べる。
「アキラ」
 その声に弾かれるように一歩、また一歩と近づき、差し出された手に自らのそれを重ねた。
 アキラより一回り大きい掌に握りこまれ、そのまま歩き出したシキに引かれて歩き出す。
「総…帥…」
 シキは振り返らない。
 ただ強くアキラの手を引いて先を行く。
 振り向いてほしくて、もう一度名を呼ぶ。




「……シキ」
 歩みは止めないまま双紅がこちらへ向いた。形の良い唇に薄く笑みを浮かべて。
 それに応えるようにアキラもまた微笑んだ。





 手を繋いでただ歩く。
 まるでこの空間だけ時間が止まったように。
 消失点まで続くこの桜の回廊の中を二人、どこまでも。





2017.5加筆修正
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