■企画・記念小説部屋■

□道の先
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 朝焼けの中をシキは歩いていた。
 いつも胸に架けていた彼のトレードマークとも言える大小のクロスはひとつしか架けられていない。
 置いてきた片割れはそれを持つ人物を自分の元へ導くだろう。そのためにあの場所へ残してきたのだから。
 まだ静かなまどろみに包まれる街に響くのは自分の靴音と――微かな呼び声。
 自然、唇が吊り上がる。

「――…キ…シキっ!」



 ――来た。
 振り返れば乱れた服もそのままに裸足で駆けてくるアキラの姿。
 自分目掛け腕が伸ばされる。
 その手を取る為、自らも手を差し出した。











 二人はベッドの上で向かい合って座っていた。
 シキの指先が素足を擽る度ぴくりと小さく反応してしまう。
 シキはその反応を楽しむように意地悪く笑みながら処置を施していく。


 伸ばした腕は確かにシキへと届いた。
 しかし互いの手が触れ、しっかりと握り合うとアキラはシキの腕の中で気を失ってしまった。
 その後しばらくして気が付くと昨夜に続いて再び飛び出していったはずの塒のベッドへと寝かされていて、シキに傷付いた素足の手当てをされて――現在に至る。
 仕上げの包帯を手際よく巻いていくシキの指先。
 無心でぼうっと見つめていたその指が頬に触れてくるまで気付かなかった。
「…っ!」
 頬に優しく触れたかと思うと強い力で顎を掴まれる。
 慌てて睨みつけるとシキはさも楽しそうににやりと唇を吊り上げた。

「なぜ、追ってきた?」
「くっ…」
「答えろ」
 顔を背けその手を外そうと躍起になってもぴくりともせず、却って強く顎を締め上げられ顔が歪む。
 痛みに呻くと触れそうなほど近い距離にシキの赤い瞳が迫る。途端、その鮮紅に射止められたように目を逸らせなくなった。
「答えろ」
 促すように再び問われる。しかしアキラには返す言葉が見つからなかった。
 シキを追ったのは衝動的なものに近く、考えるより先に体が動いていたからだ。
 言葉を探して黙り込むと不意に掴まれていた顎の痛みが消えた。
 手を離したシキがベッドから立ち上がり、脇に立て掛けていた刀を手に取りドアの方向へと踵を返した。



「―――っ…」


 まただ。
 振り返ったシキの顔は勝ち誇ったような、意地の悪い笑みを浮かべている。
「行ってほしくないならそう言えば良いものを」
 たっぷりと揶揄を含んだ癪にさわる言い方。
 反射的にシキのコートの裾を掴んでしまった無意識の己の行動を呪うしかなかった。




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