■企画・記念小説部屋■

□安眠のススメ
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 またもろくに眠れず夜を明かしたアキラは限界だった。
 依頼の決行日は明日だというのに充分な睡眠のとれていない体は歩くのもままならないほどふらついている。
 そんなアキラを見て苛立たしげなシキの言葉が降ってきた。

「このザマでは明日の仕事では使い物にならんな。貴様はここに残れ」
「いや…大丈夫だ。俺も行く」
「まったく大丈夫なようには見えんが」
「仕事には差し支えな…」
「足手まといだと言っている」
 ぴしゃりとシキの言葉に打ち据えられ何も言えなくなる。大丈夫とは言っても睡眠の足りてない体は如実に不調を著していた。
 こんな調子ではシキの足を引っ張るだけだということはわかっている。しかしだからといってこのくらいで倒れていてはシキと共に旅など続けることはできない。
 それに足手まといだから残れと言われて従うのはプライドが許さなかった。アキラは気力を振り絞ってきっぱりと告げた。
「仕事に影響しなきゃいいんだろ。明日までになんとかする」
 シキのきつい眼差しに真っ向から挑むように言い放つとふらつく足を叱咤して寝室に向かって歩き出した。


 寝室に入るや否や勢いよくドアを閉め、凭れかかるようにして息を吐いた。
 啖呵をきって寝室へ来たはいいものの、やはり眠れる気がしない。
 ドアから離れて一歩足を踏み出しただけでもぐらりと体が傾いだ。
 シキの厳しい言葉を反芻しては腹の立つ思いがしたが、実際こんな体ではろくに動けないことは自分がよくわかっていた。
 今はとにかく睡眠をとることが最重要事項としてとりあえずアキラは横になろうとベッドの方へ歩き出した。

 ふと、シキの使っているベッドが目に入る。
 何の変哲もない、自分のと同じ木製のベッド。特別な所は何も見当たらない。
「なんで俺だけ眠れないんだ…」
 ひとつ違う所と言えばせいぜい位置ぐらいだ。
 ゆっくりとベッドに腰を下ろしてみる。わずかに軋む音がしただけであとは変化はない。
 ベッドごときに違いは無いなんてわかっていたはずなのに自分は何を馬鹿な事をしているのだろう。自嘲するように乾いた笑い声を上げるとそのままシキのベッドにごろりと転がった。
 シキの残り香が鼻腔を擽る。嗅ぎ慣れたシキの匂い。
 そういえば久しく感じていなかった。いつも眠る時はこの匂いがすぐ側にあって、あとは――…
 眠りの記憶を手繰り寄せようと朦朧としながら思い出していると不意に寝室のドアが開いた。


「人のベッドで何をしている」
 この匂いとこの声と…あと何かが足りない。自分を眠りにいざなう決定的な何か…


「邪魔だ。自分のベッドへ戻れ」
「……うぅ」
 不満げに呻くアキラに呆れたような視線を寄越し、そのままベッドに腰を下ろした。
 閉じてしまいそうな瞼を開け隣に座るシキを見る。
 背を向けて座っていたシキは視線を感じたのかこちらを振り向いた。
「…何だ」
 その声に怒りの色はない。少し呆れたような声音。
「べつ、に…」
 朦朧としながら呂律の回らない口で悪態をつく。その精一杯の悪態も鼻で笑われて終わる。
 何だか悔しくて重い体をシキの方へ寝返りをうち、その背中を殴ろうと拳を振り上げた。しかしそれ以上力の入らない腕は振り下ろされずシキの服を掴むのみに留まった。
 呆れたような視線は揶揄いに変わった。
「どうした?添い寝でもしてほしいのか」
「は!?何言って…」
 シキの言葉を慌てて否定する。離れようと起こした体は服を掴んだ手を強く引かれてシキの腕の中に収まってしまった。
「なっ…!離せ!」
 腕の中から逃れようともがくアキラの抵抗などものともせず、抱え込んだままベッドに横になった。

「ここへ来てからずっと眠れなかったのだろう…?」
「……っ」
 抱え込まれて距離が近くなった耳元で囁かれて思わず体が跳ね、その反応にまた耳元でククッと笑われる。
 もがく体力もすぐになくなり結局大人しく抱かれていると程なく瞼が重くなる。やがて眠気の訪れを示すように体温が上がってくるのが知れた。


 ああ…そうだ。
 この匂いとこの声と――




 この体温がないと安心して眠れないんだ








 仕事へ行く日の朝、アキラは昨夜の事を嫌というほどシキに揶揄われていた。
 しかしシキに触れることであれだけ眠れなかったのが嘘のように朝までぐっすり眠ったのは隠しようがない事実であり認めざるを得なかった。
「仕方ないだろ…ずっとああして眠っていたんだ…」
 恥ずかしげに俯くアキラに意地の悪い笑みを見せるだけで何も言わない。
 そんなシキの態度に焦れたアキラは殊更小さな声で




「やっぱりベッドはひとつでいい…」





 と、呟いた。






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