■企画・記念小説部屋■

□恋人達に聞いてみました
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 そんなことがあった記憶が薄れかけてきた数日後、アキラは宿の窓から街を眺めていた。
 ここに来た頃からずっと賑やかな空気に包まれていた街は一層華やかさを増し、行き交う人々は皆笑顔であちこちから歌が流れてくる。
 それを窓から見下ろしては何度めかの溜め息をついた。
「人が多いな…この小さな街のどこにこんなに人がいるんだ…」
 ぽつりと呟いてアキラはベッドへごろりと横になった。シキは先程から出掛けているため宿にはアキラ一人しかいない。
 特にすることもないので冷えてきた体を温めようと毛布に包まるといつしか眠りに落ちていった。





 かたん、と微かな物音にアキラの意識が眠りから呼び起こされた。
 まだ眠い目を擦りながら開けると部屋はすっかり陽が落ちて闇に包まれていた。
「ようやく起きたか」
 背後から呆れ声がして振り向く。ミネラルウォーターのボトルを持ったシキが近づいてきた。
 アキラに一つ渡すとベッドサイドに腰掛け自らもキャップを開けて口をつけた。
「帰ってきたんなら明かりくらい点けろよ」
「明かりなど必要ないだろう、この分では」
 シキの瞳が見つめる先にあるのは街路樹や建物に巻き付けられたたくさんの電飾の明かりとネオンの彩り。
 部屋の中は確かに闇に包まれていたがこれらの光りが窓から差し込んで薄明るい。

 柔らかな光に照らされたシキの横顔。人形のように冷たい印象があるが綺麗だ、と思う。
 触れてみなければこれが血の通った人間だとわからないかもしれない。
 黙ったまま座る人形なのではないかと錯覚すら覚えてアキラは思わず口を開いた。

「―――な、ぁ」
 シキが振り返る。
 声をかけたはいいがその先を考えていなかったので少し慌てた。
「何だ」
「……いや、その…」
 赤の瞳が真っ直ぐに見据えてくる。
 まるで見透かされるような視線に居心地の悪くなったアキラは観念した。
「く…クリスマスと、恋人って…関係、あるのか?」
 何を言うのだ自分は。
 あまりに馬鹿馬鹿しい質問に自分でも呆れて恥ずかしさで死にたくなる。
 案の定シキは目だけで「くだらないことを」と言いたげにアキラを睨み付けたがすぐに興味を失って逸らされた。
「知らん」
 それだけ言うと再び街を見下ろす。
 シキの瞳に街の光が映る。鮮烈な赤の瞳はそれだけを映す硝子玉のようで――アキラは再び衝動的に手を伸ばした。
 触れた腕の冷たさに肩が竦む。
 元より普段から体温が低めの彼ではあるが、いくらなんでも冷たすぎる。

「アンタ、体冷たい。これ着ろよ」
 脇に丸まっていた毛布をシキに投げて寄越す。まだ微かにアキラの温もりを残すそれに一瞥をくれるもまたすぐに逸らす。
「着ろよ、風邪ひかれても困る」
「いらん。貴様ほど柔ではない」
「見てるこっちが寒い」
 いくら言っても素知らぬ振りをするシキに焦れたアキラは両手を拡げてみせた。
「…何のつもりだ」
「こっちの方が手っ取り早いかと思っ……うひあ!」
 言い終わらぬうちに飛び込んできた体の冷たさに不意を突かれて変な声が出てしまった。思った通りシキの体は恐ろしく冷たい。
 奪われていく体温にぶるりと震え、思わずシキにしがみついた。
 シキの方が一回り体が大きいせいか、まるで抱き込まれているようで妙に気恥ずかしい。
 つい逸らした視線の先にシキの唇が目に入る。
 薄く整った形のそれはやはり寒さに常の赤みを失っている。
 引き寄せられるように、余さず体温を分け与えるようにアキラはシキのそれに唇を寄せていた。


 触れるだけのキスはちゅ、と微かな音をたてて離れる。
 そこで我に返ったアキラはまたもや気恥ずかしさに襲われシキの視線から逃れるように肩口に顔を埋めた。
「何をしている」
 当然と言えば当然の言葉が降ってくる。
 自分でも何故こんな行動をしたのかわからないまま答えずにいると、体を僅かに離したシキの手が頬を包んで上向かされた。
「…どうした?答えろ」
 正面の顔は意地悪く笑んでいる。――からかわれている、とわかってはいても逸らすことを許されない視線に囚われてどうすることもできない。
「……………か、ら…」
「聞こえん」
「アンタがっ!寒そう、だった…から…」
 半ば自棄になって吐き捨てた台詞はシキに鼻で笑われ一蹴される。
「お前は人が寒そうにしているとキスをするのか」
「…るさいなっ!人が優しくしてやろうと思えば………、っ!」
 シキの腕から逃れようとした体は却って強く抱き込まれベッドへと倒れ込んだ。
 後ろ髪に手を差し込まれて唇を塞がれる。
 いつもの呼吸ごと奪うようなものとは違い、ただただ甘いキス。
 頬に熱が集中していく。
 角度を変える度漏れる、鼻にかかった甘い吐息。
 熱さと羞恥に覆いかぶさるシキの背中へ再びしがみつく。
 離れていく唇を名残惜し気に見つめると綺麗な弧を描いて歪む。
 そこでようやく我に返り、顔を背けようとするも後頭部に差し込まれた手に阻まれシキの視線を真正面から受け止めざるを得なかった。

「………何だよ」
「ふん……あまり可愛い真似をするな。からかいたくなる」
「なっ…!っあ………」
 反論しようとした隙を突かれ首筋を吸われる。
「お前は、暖かいな」
 囁かれた言葉に抵抗しようとしていた腕から力が抜ける。
 ゆっくりと増していく覆いかぶさる体の重みを肌に感じながらアキラは窓に視線をやった。


 いつしか聖夜の夜空に雪が舞っていた。






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