星矢短編小説

□Happy Flower
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【Happy Flower】


「アクエリアス様、見てくださいませ。こんなにきれいに花が咲きましたよ」

 よく晴れた日、朝食をすませてサガのところにギリシャ語を習いに行くための支度をしていたカミュの私室へ女官が花を抱えて持ってきた。
 名前はわからないが、小さな赤い花がいくつか集まって一つの塊を作って咲くかわいい花。
 カミュに向かってにこにこと微笑むこの初老の女官は宝瓶宮付きというわけではなかったがよく世話を焼いてくれ、
人と接すると緊張で体を強張らせてしまうカミュがサガ以外に懐いている数少ない人間だった。
「こんなにきれいなのですからお部屋に飾りましょう。あ、そうですわ、これからジェミニ様のところへ行かれるのなら
ジェミニ様にも少し差し上げてはいかかですか?きっと喜ばれますよ」

 サガが喜ぶ。大好きなサガの喜ぶ顔が見られる。
 その言葉に大きくこっくりと頷く。そんなカミュを見て女官はその優しげな目を細めてにっこりと笑った。
「それでは何本か包んで参りますね」
 早くサガの顔が見たくて女官が包んでくれた小さな花束を持って駆け足で十二宮の階段を下る。
 自分を見つけるといつも駆け寄ってタックルしてくる友人のいる天蠍宮は留守。
 きっともうアイオロスやアイオリアたちと一緒に訓練に行ったに違いない。
 無人の天秤宮も抜け、ここまでは順調に下ってきた。
 そして処女宮、いつもならサガのところに行くときはシャカも一緒に行くのだが今日は姿が見えなかった。
「バルゴ様なら今日はもう先に行かれました」
 処女宮にいた神官が教えてくれたのでまた階段を駆け下りていった。



「おいチビ、ちょっと待て」

 駆け足を緩めず巨蟹宮も通り過ぎようとしたカミュを誰かが呼び止めた。
 振り向くといつもは宮にいないことが多いこの宮の主、自分を呼び止めた人物であるデスマスクが立っていた。
 正直苦手な人物ではあったが自分よりも先輩なのでカミュはぺこりと挨拶した。
「こんにちは。ここを通らせてください」
「おっと、待ちな。今日はこの宮の通行は有料なんだぜ。手ぶらじゃ通せねーな」
 さっさと通り過ぎようとするカミュの前にデスマスクが立ち塞がる。
「…宮を通るのにお金がいるのですか?そんなの聞いたことありません」
「オレ様が有料って言ったら有料なんだよ。ここはオレ様の宮なんだからな。イヤなら通んなくていいんだぜぇ」
 デスマスクは意地の悪い笑みを浮かべてシッシッと追い払うように手をひらひらとした。
 もちろん目の前の子どもがお金を持っていないことなどわかっていてやっているのである。
 デスマスクは時々こうやって年少の同僚を困らせて遊ぶのだ。目を意地悪く釣りあがらせてデスマスクはカミュの反応を待った。
「………」
「………」
 しかしカミュは顔色ひとつ変えずに黙ったままデスマスクを見返していた。

 (なんだこいつ!…いや、困惑して固まってるだけなのかもしれんが面白味に欠けるな…
ミロみたいにギャーギャー騒ぐようなガキじゃない事はわかっちゃいたがもうちょっと、こう、何かリアクションがあるだろう…)

「おい」
 黙ったまま人形のように動かなくなったカミュに痺れを切らしてその肩を掴もうとした時、伸びてきた手を避けるようにカミュが後ずさった。
 ちょっとムカっときた。
(かわいくねぇガキだな)
 むっとしてカミュから視線を逸らすと、カミュの右手に小さな花束が握られているのに気が付いた。
「おい、お前これからサガんとこに勉強しに行くんだろ?ここ通れないと困んじゃねーのか?」
「………」
(こいつ…シカトかよ!ますますかわいくねぇ!)
「はぁ、もういい。その手に持ってるモン置いてくなら通してやらねーこともねーぜ」
 その言葉にカミュははっとして持っていた花束をデスマスクの目から避けるように自分の後ろに隠す。
「いやです」
 かっっち――――ん
(何だこのガキ!せっかく優しく言ってやったのにこの態度は!)
「あ゛あ゛?てめぇ、どうせ金持ってねぇだろうからそのチンケな花で許してやろうって言ってんのがわかんねーのか?」
「いやなものは、いやです」
「てめ、やさしくしてりゃいい気に…!」

 もういい加減腹が立ってきてカミュの首根っこを掴もうとした手は横から伸びてきた手によって阻止された。
「こぉら、いたいけな後輩をいじめるなデスマスク」

 止めに入ったアフロディーテの姿に、カミュは思わず駆け寄ってその後ろに隠れた。
「よしよし、こんなガラの悪いカニに絡まれて怖かったでしょー。もう大丈夫」
「ちっ、うるせぇのが来た」
「お前、まだ小さい後輩に手を上げるなとあれほど言ったのに何回言ったらわかるんだ」
「手ェ上げてねぇよ!人聞きの悪いコト言うんじゃねぇ!だいたいそのガキが強情なのがわりーんだよ!」
「どうせお前が無茶を言ったんだろ、お前が悪いに決まっている」
 アフロディーテは自分の後ろに隠れたカミュに目線を合わせてしゃがみ、頭を撫でてやった。
「可哀相に、こんなに怯えて…このカニはねぇ、せっかくの誕生日に女の子にフラれて気が立ってるんだよ。さ、こんなところにいると危ないから早くお行き」
 そう言って促すように小さな背中を押してやるとカミュは一瞬考えるような仕草をして、歩き出した。そして不貞腐れたようにそっぽを向くデスマスクの前で足を止める。
「…何だ、クソガキ」
 デスマスクの言葉にわずかに顔を顰めたがカミュは持っていた花束から一本花をとって差し出した。
「一本なら…あげます。お誕生日おめでとうございます」
「あ?あぁ…」
 デスマスクが花を受け取るとカミュは再び階段を駆け下りていった。
 残されたアフロディーテは面食らったような顔をして走り去るカミュを呆然と見送るデスマスクを見てくすっと笑う。
「ふふ、かわいいじゃないか」
「あのガキ素直じゃねぇぜ、まったく…」
「今のはお前のせいだろ、あんな風に脅されたら誰だって頑なになるぞ」
「あーもーわかったよ、オレが悪うございましたよ」
 ヤケになって頭をがりがりと掻いて手の中の花を見た。
「…まぁ、とりあえずもらっといてやるさ」
 照れたようにぽつりと呟くその言葉にアフロディーテの美しい顔にさらに笑みが浮かぶ。

 アフロディーテは知っていたのだ。
 カミュがデスマスクにあげた花が彼の誕生花だということを。
「素直じゃないのはお前もだよ、まったく…誕生日プレゼントがほしかったって素直に言えばいいのに」
「るせぇよ」
「ふぅ…その花、せいぜい大事にするんだね」

 不貞腐れながら宮の中へ入っていくデスマスクを苦笑と溜め息を漏らしてアフロディーテは追っていった。




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