星矢短編小説
□ぬりたてちゅうい
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【ぬりたてちゅうい】
「サガ、貴方にそんな事をさせるわけには…」
「私がやりたいんだ。じっとしていてくれ」
宝瓶宮の寝室。
情事の後の気怠い体をベッドに横たわらせるカミュの手をサガの手がやんわりと拘束する。
カミュの手を見つめるその表情はやけに真剣である。
綺麗に切り揃えられた爪に紅が引かれていく。
その手つきはぎこちなく、微かに震えてさえいる。
「っ…」
緊張のせいか爪から紅がはみ出してしまい、僅かに声が上がる。
「サガ、やっぱり…」
「もう少しだから待ちなさい」
先程からサガに遠慮するカミュと、やると言ってきかないサガのやり取りが繰り返されていた。
かれこれ30分以上は過ぎただろう。
たっぷり時間をかけて左手を塗り終わり、今塗っている右手もあとは小指を残すのみ。
サガの手に握られた小さな刷毛がカミュの爪に最後の一筋を描くとどちらからともなく安堵の息が零れた。
「…ありがとうございます、サガ」
「ふう…やはり慣れないと緊張するものだな」
苦戦はしたものの、綺麗に塗られた両手の爪。
カミュはそれを眼前に翳し薄く笑んだ。
「次はこちらだ」
「え?…っサガ!」
シーツに投げ出していたままの脚を掬われ、思わず手が出そうになるも塗りたての爪を思い出して抵抗をやめざるを得なかった。
「…っ、ん」
剥き出しの脚にサガの唇が触れ、まだ快楽の余韻の残るカミュの体は素直に反応する。
唇は腿、膝裏と皮膚の薄い敏感な箇所を辿り、愛撫に微かに縮こまる足先の親指に舌を這わせた。
「ぁ…っ!」
不意の感触に反射的に脚を引こうとするもサガにしっかりと捕らえられていてそれもままならない。
マニキュアを塗ったばかりの手を使うわけにもいかずサガに与えられる快感を享受するしかなかった。
愛撫していた舌が離れ、次の瞬間舌とは違う濡れた小さな感触が足の爪を撫でた。
不審に思ったカミュの目に映ったのは再び小さな刷毛が紅の筋を描いていく光景。
「なっ…!」
「動かないでくれ、手よりも塗りにくい」
再び緊張の面持ちで足の爪を塗り始めたサガの手に力が篭る。
カミュはいい加減観念したように体から力を抜くと再び真剣な顔のサガを眺めた。
手ほど時間がかからず両足の爪まですんなり塗り終えると漸く解放される。
離れていく体温が惜しいと思ってしまい、それが顔に出てしまったか己の顔を見たサガがくすりと微笑って髪を撫でてくれた。
「君のようになかなか上手には塗れないものだな」
髪を撫でる手が首筋を掠める。それだけでカミュの体は小さく跳ねる。
「っ、サガ…」
「動かないで。君は何もしなくていい…」
先の行為で付けた刻印をひとつひとつ確かめるように辿り、冷めかけた熱に体が支配されようとしている。
「……ん…あぁ…」
爪が乾いても抵抗を忘れたカミュの体は再び快楽の波へと飲まれていった。
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