星矢短編小説

□ポッキークライシス
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【ポッキークライシス】




「ごきげんよう、みんな!」

 学校から帰宅後の城戸邸のリビングで青銅4人がくつろいでいるとやけに機嫌よさそうな声でドアを開いて沙織がやってきた。
「ああ、沙織さん」
「こんにちは」
 ソファに座っていた星矢、瞬、紫龍、氷河とそれぞれの顔を見回して、にっこりと美しく微笑んだ。
「「「「………」」」」
 沙織の微笑みが深ければ深いほど、何故だか4人の胸の内に嫌な予感が広がった。
「ねぇ、面白い遊びがあるわ。たまには一緒に遊びましょう♪辰巳、あれを持ってきて」
 辰巳に遊びとやらの準備をさせる様子を見て4人はごくり、と生唾を飲み込んだ。






「ようカミュ、今日氷河が来るんだって?」
「ああ、午前中の飛行機だというからそろそろこちらへ着く頃だ」

 その数日後の聖域、宝瓶宮では料理の下ごしらえをするカミュの姿があった。
 どこか浮かれているその後ろ姿を見ながらミロが声をかけた。
「それで料理の支度ってか…相変わらずかいがいしいよな」
「氷河が来るときはこうするのが習慣になっているのだ。やらないほうが落ち着かない」
「お師匠様癖が抜け切ってないな」
 談笑していると宮の入り口から来客を告げるノックが聞こえてきた。
「来た」
 手の離せないカミュに代わってミロが迎えに出た。
 再会を喜び合う賑やかな声につられてカミュが迎え出ると顔を輝かせて喜ぶ氷河と抱き合った。



「氷河、その袋は何だ?」
 夕食の後リビングでくつろぎながら氷河の持ってきた日本土産を広げていると荷物の入った鞄の他にやけに膨らんだ袋が目に入った。
「ああ、これは…お菓子です。沙織さんにたくさんもらったんでついでに持って来ました」
「アテナが。お元気でいるか?」
「はい、そりゃあもう…………あ」
 カミュの言葉に答えていた氷河が何かを思いついたように掌をぽんと拳で叩いた。
「カミュ、このお菓子を使ってちょっと遊びませんか」

 ―――という氷河の言葉に乗って「遊び」始めてはや十数分。
 カミュは氷河と睨み合うように向かい合っていた。
「………お前ら何してんの」
 それを見守る傍観者のミロが呆れたような溜め息をつく。
 カミュと氷河の顔の距離は先ほどから近づきはしても離れずにじりじりと時間だけが流れてゆく。
「……っ」
「ぅ、っく」
 ぽり、という音と共にカミュの顔が数ミリ氷河に近づく。
 氷河は後悔していた。
 日本でつい先日沙織に乗せられてやったポッキーゲームをカミュとやろうとしたことを。
 本来男女でやるからこそ盛り上がるこのゲーム、男同士でやるべきものではないのだ。
 やったことがないのかポッキーゲームと聞いて不思議そうに首を傾げるカミュに説明に困った氷河は
「両端をそれぞれ咥えて齧っていき、精神集中を切らしてどちらかが顔を離した方が負けというごく新しい"真剣勝負"です」と言ってみた。
 その途端、真剣勝負の言葉を聞いたカミュの顔つきが変わり、「いいだろう」と勝負を受けたのだ。
 内心カミュがやると思っていなかった氷河は後に引けず勝負を始めることとなり、ポッキー1本を隔ててカミュと向かい合うことになった。

「氷河ー、どうしたんだ全然進んでないぞ」
 テーブルに頬杖を付きながら見守るミロが暢気に笑っている。
 進めというのか。
 最初に咥えた端から1センチほどしか進まない氷河に対し、目の前の師はそろそろ半分の距離まで到達しそうである。
 このまま食べ進めると師の唇へ触れてしまうことになる。
 触れたところで師はさほど怒ったりはしないだろうがなぜか憚られる気がして氷河はやはり動けなかった。
「……〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ、ぷはっ!!!」
 短くない逡巡の最中、思わず息を止めていたせいで苦しくなった氷河が堪らず口を離した。
「おっ」
「む…」
 咥えたままの残りのポッキーをぽりぽりと食べきったカミュが満足そうに微笑んだ。
「私の勝ちだな。氷河、まだまだ修行が足りないようだ。もっとクールにならねば」
 師よ、このゲームはクールになるということが重要ではないのです…とは今更口が裂けても言えなかったので素直にはい、と頷くしかなかった。

「ふむ、集中力を養うのに良いかもしれん。ミロ、お前もやってみろ」
「えぇっ、俺ぇ?」
「集中力のないお前にうってつけだろう。私が付き合ってやる」
「えぇ、ちょ、うん。いや、あの…むぐっ」
 氷河とカミュの勝負を見てなんとなくこのゲームの本来の主旨に気づいていたミロは少し慌てた様子だったが、
真剣な様子で勧めてくるカミュに断りきれずに口にポッキーを咥えさせられた。
 一瞬向けられた恨めし気な視線に氷河はこっそりと手を合わせて謝っていた。
「いいか、行くぞ」
「うぅ…」
 合図に合わせてポッキーの端をぽり、と齧る。
 先ほどまですごい形相でいた氷河の気持ちがわかった気がした。目の前に親友の整った顔が迫ってくるのを何故だか直視できない。
「う…ううっ、うーっ!」
「…?」
 勝負が始まってからそれほど経たないうちにじたばたと暴れ始めるミロを不思議そうに見ながらまた数ミリぽり、とカミュの顔が近づいた。

 (なんか…なんてゆーか…!もうダメかも…!)

 そう思った瞬間、がちゃりとリビングのドアが開けられ、部屋に入ってきた人物の顔を認めて血の気がひいた。
「っっっ、ぐぐぐぐ……ぶはあっ!!」
 結局氷河と同じくらいしか齧らずに顔を離したミロは慌てて顔を背けた。
「久しいな、キグナスよ」
「こ、こんばんは…サガ…」
「よ、よう…」
「ああ、サガ」
 若干しどろもどろな挨拶をした氷河とミロに続き、再び残りのポッキーを食べきったカミュは今部屋に入ってきた人物――サガを見留めて微笑んだ。
「楽しそうなことをしているな」
「ポッキーを使って遊びながらかけ引きの力と集中力を養えるゲームです」
「ほう」
「氷河とミロはすぐに放してしまってだらしがなくて…サガ、私と勝負してもらえませんか?」
 何の疑問も抱いた様子もなく真顔で話すカミュに苦笑を悟られないようにソファの隣に座ったサガはにっこりと微笑んでやった。
「ああ、いいよ、私でよければ」
「ありがとうございます。では…尋常に」
 そしてまたポッキーを1本取り出し、端を咥えて顔ごとサガに差し出す。
 難なくサガが端を咥えると、氷河が合図を出した。
 互いに真剣な顔で両端からぽりぽりと食べ進める。
 自分たちのように怯まず食べ進めていくサガに氷河とミロがごくりと息を飲んで見守る。
 カミュもまた、先に対戦した二人と打って変わって遠慮なく進んでくるサガに一瞬戸惑ったものの、気を持ち直して負けじとぽり、と齧った時だった。

「―――――っっ!?」
 それまで少しずつ齧っていたサガが残りを全て、カミュの唇ごと覆うように食いついた。
 驚きに目を見開き、思わず口を離そうとしたカミュを追い、その舌を深く吸った。
「…っ!!ん、んっ…ぅ……っ」
 ついにやったか、と呆気に取られながら見守っていた氷河とミロは二人から視線を外すようにして背を向けた。
 背後では人目を憚らず二人がまだ濃厚なキスをかましている。
「氷河…お前、後で叱られるの覚悟しとけよ」
「はい…」

 すっかり腰が砕けた頃サガによりこのゲームの本来の目的を知らされたカミュの雷は多分に洩れずその夜宝瓶宮へと落ちた。




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