小川のせせらぎ

□やさしいじかん
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情事の後の心地よい時間。
腕を絡めて眠りに落ちるのが日課で、暖かい日が何時までも続くんだと思ってた。

酷く、残酷な夢を見た。

「ん…」
目が冷めたら隣で寝ていたはずのじるくんの姿が無くなっていた。
そっと手を伸ばしてみても掴むのは冷たくなったシーツだけで、妙な不安感が俺を襲う。
体を起こすとまだ秋の終わり頃だというのに酷く寒くて鳥肌がたつ。
腕に浮かんだブツブツはどうにもグロテスクで好きじゃない。
「じるくん…?」
リビングにもキッチンにもトイレにもどこにも姿が見えない。
ただ玄関に靴はあったから、家の中にいるのは確かだと思うのに。
神隠しかな?(笑)
「どこ行ったんやろ……?」
どこを探していいか解らずリビングに立ち尽くしていると、寝室の方から冷たい空気が流れ込み頬を撫でた。
やっぱ寝室に居るんかな?
寝起き独特のだるい足取りで寝室の前まで行く。
ドアをあけてもそこにじるくんの姿は無かった。

「じるくん…」
不安からの焦燥感。
寝て起きた瞬間、誰かいるはずの家に一人取り残された時に感じる寂しさは何故か大きい。
でも声は重い部屋に吸収されるように直ぐにシンと消えてしまって、何事も無かったかのように時計の音だけが進んだ。

シーツに顔を埋めたら、ほのかにじるくんの匂いがして夢で見た不安が蘇り体を巡る。
実際に別れの言葉を告げられた訳でもないのに、夢の中のじるくんの表情がリアルに脳裏に浮かんで目をきつく瞑った。
体が寒さからか不安からかも分からずに震え、床に座ったまま白い毛布をズルリと剥ぎ取り抱くように丸くなる。

「小雪ちゃん?」

ガラリと音が立ち、ベランダの窓が開く。
一気に部屋が冷えてきて毛布からはみ出た右足がヒヤリとした。

顔をあげ、声の方を見れば煙草の箱を握ったまま不思議そうな表情で、探し人が立っていた。
「じるくん……」
聞き慣れた大好きなソノ声に体は過敏に反応する。
じるくんは苦笑いを浮かべて隣に座ると毛布の上から俺を抱きしめた。
嗅ぎ慣れた煙草の匂いが流れてくる。
「どうした?怖い夢でも見たん?」
冷たくなった手で俺の頬をペチペチと叩く。
普段なら「何て顔してんだ」とか「情けない顔すんな」とか言って怒ったりするくせに、時々異常な程この人は俺に対して優しくなる。
「どっかいってもぉたんかと…思った…」
「はぁ?」
「夢で…じるくんが俺のベースじゃ歌いにくいし曲も下手だって言われて捨てられる夢見て、…起きたら居なくなって…たから…」

冷静に戻りつつある思考が、自分の言ってる事に羞恥を感じだんだん声が小さくさる。
「何の被害妄想やねん。」

喉を鳴らして笑うじるくんが少し恨めしくなる。
なんだか本気で、恥ずい。

「うっさい…」

なんだか少しいたたまれ無くて、胸をぐっと押し返す。
が一度体が離れたかと思うと毛布の隙間から手を差し込んで、じるくんが無理やり中に入ってきた。

「…………アホやな、こゆはいっつも暗いことばっか考えとる。」

ポンポンと背中を叩く暖かさが少し戻った手。
毛布をマントの様にして中に入れてやるとじるくんはゴソゴソと体勢を入れ替え、俺に凭れ掛かりこめかみを胸に当てて心地よさそうに目を閉じた。

「こゆのベースヘタクソだとか思った事ねぇし、こゆ以上に俺に合った曲解ってる奴が居るなんて俺は思ったこと無いわ。」

そうやって俺の好きな声で、笑顔で、暖かい腕で。
強く抱きしめられると心が安らぎで止まりそうだった。
焦りと緊張でガチガチになってた物がゆっくり解ける様で、言葉が妙にくすぐったい。

「変に焦っていいライブしようとしたって出来ひんやろ?こゆならわかってんちゃうの?」

俺を見上げ手を伸ばしてクシュリと横髪を撫でる、冷たかった手は完全にぬくもりを取り戻していた。
じるくんが言う事はずっと俺の中で大切にして来た事で、どんな時でも余裕だと思っていた。
が、いつの間にかじるくんと過ごして居るうちに少し弱くなってった様な気がする。
甘やかしてくれるから甘えて、いつの間にかじるくんに頼りっぱなしで大切過ぎて。
これを盲目っていうのかなぁ?

「うん…。ごめん…」
「わかったらさっさと練習して上手くなりな?」
「いや…じるくんさっきと言ってる事違くない?」
「俺個人としてと、バンドは別。」

嗚呼、やっぱりスパルタなんですね。(涙)
変に鬼畜なんだから…あ、うん其処も好きなんだけどね。

俺が嫌そーな顔を浮かべてやるとじるくんは笑い出し、俺の唇の端に軽いキスをした。
「俺が一生傍でこゆの音聴いててやるし、俺もこゆの音で一番いい声出すから。必死に頑張ろうぜ?な?」

じるくんはいつも本気の言葉をくれる。
そんな当たり前が妙に嬉しくて涙が零れた。
「泣くなよ。」
苦笑いを浮かべ乍、少し首筋を伸ばしたじるくんに目尻の涙に唇を当て舌先で拭われる。
「じるくん…っぐす…好きー…大好き…」
こんなわかりきったコトにも。
「俺も大好き。」
君は当たり前のように答えてくれる。

「じるくん体冷えて無い…?」
「もうあったけぇ。つか、外雪降ってた。」
「まぢで!?まだ10月なのに?」
「ん、小雪みたいに可愛くはなかったけどな。」
「…馬鹿じゃないの(恥)」

まだ葉も残ってる季節だろうに。
そう思考を巡らせてベランダに目をやるがカーテンに阻まれてよく見えない。

「初雪だな…。」

なんて言い乍のし掛かって来て、俺のわき腹を撫でる。
このムッツリスケベ最近、なんかしょっちゅう盛ってくるんですけど。

「じるくん最近やらしーことばっか…本当はこゆの体目当てなの?」

上に乗られさっさと服の中に手を突っ込んで来る相手の手首を掴んで体を捩って抵抗してみる。
袖で目元を隠して泣きまねをして見せたら少し躊躇したのか動きが緩くなる。

「しかたない。運動の秋やし寒いんやもん。」
「やだー俺雪見てぇー」
「あとでな。」

ジタバタと足を動かしたところでじるくんの意外と男らしい体が動く訳も無く、簡単に押さえ込まれる。
実際、別に本当に嫌なわけでは無いからそれ以上は抵抗しないのだけど。
「ぁ…」
唇を奪われ服の裾を巻くし上げられて、もう今日の練習の事なんか気にせずに角度を変えて唇を貪る様に深く口付け手は俺の胸板を這う。

愛は人を強くするなんて嘘だと思う。
だって実際、俺はこんなにも弱くなった。


キスの合間に見たカーテンの隙間にあるガラス越しの薄暗い景色には、ハラハラと雪が舞っていた。

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