短編U
□おれは悪くない
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川のせせらぎを聞きながら数学の参考書とにらめっこをすること二時間。うなったり悶えたりするかごめの隣に赤い衣の男――御神木という時代樹についこの間まで封印されていた半妖・犬夜叉が降り立つ。そこら中を走り回るのにも飽きたらしい。
「四魂のかけらの気配はないのか?」
男から彼女に話しかける時はまずその言葉が始めに来る。かごめは参考書からは視線を外さずに小さく頷いた。
「そろそろ情報集めに行くぞ」
これもまたお決まりの台詞である。対してかごめは早口で言葉を返す。
「昨日帰ってきたばっかりじゃない」
「だからもう十分休んだじゃねえか」
“半妖”にとっては確かにそうかもしれない。だがかごめは“人間”、それもまだ中学三年生の子供である。犬夜叉が求めるだけの体力などあるわけがない。何を言っても無駄だと察した彼女は黙りこむことでやり過ごそうとした。
「おい、なんとか言えよ」
「…………」
「お前なあ、四魂のかけら見つける気あるのかよ!」
「…………」
どうして無視するんだ、と、犬夜叉は正直焦っていた。いつもは逆だ。彼女が好き勝手に話し自分がくだらないとでもいうような表情で流す。それが心地いいとまで感じるようになってきていたのに――わけのわからない苛立ちまで込み上げてきた彼は荒々しくかごめの手から数学の参考書を奪い取った。
「大体、こんなもの持ってくるからいけねえんだ!」
そう言って、勢いのままそれをほうりなげる。バシャッと水面を叩く音。運の悪いことに参考書は川へと落下してしまった。慌てて立ち上がりかごめは川の中へ手を伸ばす。幸い水の流れは遅くすぐに救出できたものの紙は既に水気を吸い込んでベロベロになっていた。