短編U

□甘いニンジン
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朝起きてからずっと付きまとう視線。いくらそれが自分の夫からのものだとしても監視されているようなこの状態はかごめにとっては心地好いものではなかった。夕飯を食べている途中覚悟を決め、箸を置いてギラギラとした目と自分の目を合わせる。

「……その目は何を言いたいの?」

「わかるだろ。ほら、今日はあの日なんだろ」

ソワソワと落ち着かない様子のまま答える犬夜叉。あの日というのは当然、

「バレンタインデーってこと?」

500年後の世界では浮き足立つそのイベントである。こくこくと首を振る犬夜叉。自分にとって利益のあった行事はしっかり覚えている辺りが憎らしい。

「久々にくれねえのか、あれ」

「だってこっちの時代にはまだチョコってものがないでしょう?」

「ちょこがねえならそれ以外でも良い」

きっと彼が望んでいる“それ以外”とは去年のような、そういう展開なのだろう。

「……じゃあこれで」

かごめは箸で大根を挟むとそれを犬夜叉の口に突っ込んだ。もぐもぐごっくんと美味しく頂いたが犬夜叉が満足できるはずがない。
冷めたかごめの態度に彼は呆れたようにため息をついた。

「おまえ……まだあのこと怒ってんのか」

あのこと、というのは先日犬夜叉がかごめに黙って妖怪──それもかなり危険だといわれた退治を引き受け、ボロボロになって帰って来たことだ。血まみれになった彼を見てかごめは大泣き、そして激怒した。

「べっつにー」

ニンジンを口に入れたあとツンとそらした顔には「怒ってるわよ!!」と書いてあるような気がして。いい加減機嫌を直して欲しい犬夜叉は強行手段に出た。

「だったらおれはこれくらいしてもらわねえと満足しねえぞ」

そう言って身を乗り出し左手を床について右手で彼女の顎を捕らえる。無理やり己の舌を口内にねじ込むとかごめは苦しそうに呻き声をあげたがそれを気にしはしない。歯で小さく砕かれたニンジンを舌で掬い犬夜叉は自分の口の中へと運んだ。

「なっ、なにすんのよ!」

解放された後、べたべたになった口の周りを拭いながらかごめは顔を真っ赤にする。犬夜叉はというと満足そうにニンジンを飲み込んでから感想を告げた。

「うん、甘えなこれは。かごめの味がして」

積極的な彼には直ぐに言い返せないことが多いかごめ。声を出さずに「バカ」と口パクするのが精一杯だった。



その夜、今にも寝そうな目をした犬夜叉の頬をつまみかごめは言った。

「ホワイトデーのお返し、期待してるから。絶対忘れないでよね」

「……さあな」

それだけ返すとすぐにまぶたが落とされる。
もしも1ヶ月後ホワイトデーを忘れていたらどうこらしめてやろうかと今から考えるかごめであった。



END
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