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□飛ぶ時は一緒
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殴られた瞬間目の前で星が散らばった。痛い、いたい…。これが噂の協力狩り…話には聞いていたけど、あちこちで泥や銃声が飛び交っていて怖い。とても物騒だ。そして前と後ろの両方からハンターがやってきた時の絶望感が凄まじくてとんでもなく怖い。朦朧とする意識の中なんとか顔を上げて現在の状況を確認する。私を殴った張本人である黒無常は、何故か私を一度風船に吊ったあと直ぐにまた糸を切って砂利の上へと雑に落とした。う、え、どうしたの?まさかのダウン放置…?疑問だらけで不思議に思いながら黒無常を見上げると、彼は静かに一点を見つめていてわたしも視線がつられた。同じように黒無常の見つめる先を見つめる。すると、じっとこちらの様子を伺う男の人がいた。

あの人は、今日初めてゲームで一緒になった…そうだ、確かオフェンスの人!準備にバタバタしちゃったのと人が多かったのとでまともな挨拶も出来なかったけど、チラチラと私の事を見やっていた視線にはちゃんと気が付いていた。目が合った時に、せめてアイコンタクトだけでも!と思って笑ってみたらすぐに逸らされてしまったけど…。そっか、オフェンスさんが近くにいるから無常も手が出せなかったんだ。


ラグビーボールを持ったオフェンスさんが勢いよく黒無常にタックルを仕掛ける。それで完全に黒無常の気を引いたらしい、額に怒りマークをひっつけた黒無常とオフェンスさんの攻防戦が始まっていて私はじりじりと少しずつ端の方に寄った。今だ、今のうちに起死回生で立ち上がって私は一度ここから離脱しよう。


「…よしっ」


頃合いを見て、黒無常がオフェンスさんに攻撃を仕掛けた所で立ち上がった。ああっ、でもオフェンスさんが代わりに攻撃を…ごめんね、絶対治療しに行くからね…!今日は人格に傍観者を振っている。自分の傷を鎮静剤で治しながらオフェンスさんの位置を確認して、手当が終わるなりすぐにオフェンスさんを探しに走った。おわああ、オフェンスさんが目にも止まらない速さで全力疾走している。凄い勢いで距離を伸ばしているし、これなら黒無常を撒く事にも成功しているだろう。でも彼に会う前に私の方がバテてしまいそうだと思った。



「あっ、やっと止まってくれた…!オフェンスさんっ!待って下さいっ」


折角電話機で鎮静剤を買った所で申し訳ないです!でも私の方が治療早いですよっ。息絶え絶えになりながら注射器を手に近づくと、オフェンスさんは私の迫力に押されたのか、パチクリと瞬きをしながらおずおずと頷いた。


「…さっきは、ありがとうございました。助けてくれて…おかげで逃げる事が出来ました」


オフェンスさんの治療をしながらお礼を述べると、彼は小さく首を振ってボールをクルクル得意げに回してみせる。捕まったサバイバーを逃してあげるのが役職だからと、彼は言いたいのかもしれないけど。それでもやっぱり助けてくれるのは嬉しくて、私も助けて貰った分以上にオフェンスさんを助けたいと思った。


「ひうっ、」


それでもビビりでチキンな私。突然脈が早くなって心臓がドクドクしたのに驚いて治療が止まってしまう。「ご、ごめんなさい」我ながら、情けないなぁ。そう震えて俯く私の手を、オフェンスさんが不意にギュッと強く握りしめた。はっとして顔を上げる。オフェンスさんはぎこちなく笑うとトンと自身の胸を叩いて、次に親指を立てた手をぐっと私に向けて差し出した。助けに行く。椅子に座らされる前に絶対、助けに行く。絶対に俺が助けてやる、だから安心しろ。そんな言葉をくれるオフェンスさんに不思議と胸の内側から温かくなって、気付くと身体の震えも治っていた。


「…ありがとうございます」


そう私もやんわりと笑い返して、オフェンスさんと同じように親指を立てた手をコツン、彼のそれに軽く当てた。あのね、オフェンスさん。あなたが私を守ると言ってくれたように、私も身を呈してあなたを守りたい、本当にそう思ったの。だからね、あなたが怪我をした時はまた1番に駆けつけるから。オフェンスさんも私ばかりに気を取られていないで、他の皆をガンガン助けてあげて。


「次はゲート前で会えるといいですね」


こくりと、ゆっくり深く頷いたオフェンスさんにお互い背を向けて、私たちはバラバラの方向に走り出した。







残りの暗号機は3つ。既に半分の仲間が飛ばされていなくなってしまったこの状況での脱出は大分厳しい。誰かがバールを買ったっていう知らせが来ていたけど、白無常に追いかけ回されている私はそれどころじゃなかった。もう既に二発食らっていて後がない。ハッチまで辿り着くのも難しいかもしれないと悟って、早くも飛ばされる覚悟をしていた。っあ、距離がない。もう、だめ、


「あうっ!」


ついに白無常に傘でど突かれてすっ転ぶ。さっき取り逃がした獲物を漸く捕まえられて嬉しいのかもしれない。ひらりと傘を翻して現れた黒無常がニヒルに笑いながら私を風船に括った。ちらりと仲間の様子を伺う。オフェンスさんも大分怪我を負っているし、私の助けにはきっと来れないだろうと思った。寧ろ来ないで欲しい。まずは怪我を治して、オフェンスさんだけでも逃げて。そう思って通信機でこっそり「私を助けたなくていい」と発信した。

でも黒無常がそのまま椅子へと向かったその時、ドンっ、て、凄い音がして視界が大きく揺れたのにどきりとする。そして私を縛る糸が切れて、私はそのまま地面へと着地した。えっ、一体何が…、視線を向けて、私は静かに息を飲んだ。


「オフェンスさん…」


早く逃げろとオフェンスさんの声が響く。言われた通り咄嗟に逃げようとするけれど、すぐに後ろから殴られてしまってまた目の前がチカチカとした。真っ暗な視界の中で何度もオフェンスさんがタックルをする音が聞こえてくる。椅子が近いから黒無常もゴリ押そうとしているのかもしれない。私を抱えればまたすぐにオフェンスさんのタックルが決まって私は再び解放された。


今度こそ逃げなくちゃ、折角オフェンスさんが助けてくれたんだから。もっと上手く、攻撃が当たらないように。そう走り出すけれど、別の方向から聞こえてきた呻き声に心臓がひやりと冷えてはっとする。勢いよく振り向けば頭を抱えてダウンしているオフェンスさん。苛々とした様子で黒無常がオフェンスさんを椅子へと縛り付けて、次は当然のように私の方へと向かって歩いてくるので身体が震えた。どうしよう、回復は間に合わない。でもこのままオフェンスさんを置いていくことも逃げ切れる自信もない。どうせやられてしまうんなら、私は…

ぐっと拳を握り締めてがむしゃらに走った。黒無常の奥では、オフェンスさんが目を見開いて勢いよく首を振るっている。ごめんね、オフェンスさん。折角助けてくれたのに。でもだからこそ私は、オフェンスさんを置いてなんて行けないよ。


今日初めて出会った人だった。名前も知らない。見た目も別にタイプとかでもない。それでも、この一戦だけでわたしが彼と恋に落ちてしまうには十分で。…がつん。鈍く広がっていく痛みを前に、私はその場へと崩れ落ちた。



「っは、あ、オフェンス、さん…」


痛い。頭が、心臓が、張り裂けそうなくらいに痛い。痛くて堪らないの。それでもズリズリと、残った力を振り絞って這いずりながらオフェンスさんの元へと近付いていく。殴られた箇所からじんわりと、生暖かい体液が伝ってじくじくと熱く痛んだ。オフェンスさんに触れようとして伸ばした手が届きそうで届かないからもどかしい。「…ごめん、なさい」助ける事も逃げる事も出来なくて、本当にごめんなさい。罪悪感から涙が溢れて止まらない私を見て、オフェンスさんは静かに首を横へと振った。ロープに縛られたオフェンスさんが歯を食いしばりながら身を捩り、何とか手を伸ばして私の手を握り締める。私も力無く握り返したその時、まるで私たちの仲を引き裂くようにして私の体は黒無常に連れ去られた。

私はオフェンスさんから少し離れた所の椅子に座らされて。遠目に見えたオフェンスさんは、口元に薄っすらとだけど笑みを浮かべているように見えた。他の仲間は別のハンターとチェイス中、もう1人も場所が遠いから、きっと私たちの救助にはギリギリで間に合わないと思う。ありがとう、と。オフェンスさんからの発信を受けた通信機が短く音を立てて鳴ったのに胸が軋んで痛い。どちらか一方が飛んでしまうまで、私たちはただじっとお互いを見つめ合っていた。



20190219

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