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□アイラブユーを叫べ
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ばっくんばっくん。常に高鳴る心臓の鼓動が不快で堪らなかった。一体彼にどんな心情の変化があったというのか。あんなに自慢のカギ爪を振るって私やみんなを攻撃して沢山傷付けてきたくせに。いつからか熱っぽい視線を向けられるようになって、攻撃もされなくなった。たまにお遊び程度で霧の刃は飛ばしてくるけど…。本当に当たりそうで内心ビクビクしている私を見るのを面白がっているようだった。怖いからやめてください!ガクブル震えながらそう訴えてみてもリッパーさんは楽しそうに笑うだけだ。


どうやら私は彼のお気に入りに選ばれてしまったらしいと、気付いたばかりの頃はその行動の変化に困惑したけれど。リッパーさんは私を追いかけ回すだけで最終的には私も皆も無傷で脱出させてくれるようになったので結果的にはオーライなのかもしれない。それでも少し前まであれだけの仕打ちを受けてきたのだ。まるで玩具のように弄ばれて、甚振られて。そんな辛い思い出をすぐに忘れられる筈がないし、染み付いた恐怖がそんな簡単に取れる訳もなかった。



「リッパーさん、来ないで下さいっ、」


毎試合当たり前のように、私を探しては追い掛けてくるリッパーさんが怖かった。その長い爪で引っかかられたら痛い思いをする。捕まったら空に打ち上げられてしまう。植え付けられた恐怖が、私の心の臓に絡みついて離れない。リッパーさんが私の側に寄っただけで心臓がバクバクして冷や汗が止まらなくなって、呼吸をするのも苦しくなる。口からひゅうと頼りなく空気の抜ける音がした。

いくら攻撃してこないとはいえ、そんな真隣に立たれたら心臓も煩わしいくらい反応して暗号機の解読にも集中出来なかった。リッパーさんから離れれば当たらない程度に霧の刃を飛ばしながら着いてくるし。もう精神的にも限界で、だから思わず「もう着いて来ないで下さい!」と声を上げてしまったのだ。ちょっとキツかっただろうか。リッパーさんが少ししょんぼりと項垂れてしまったように見えて、なんだか私まで胸が痛んでしまう。私の機嫌を伺うように、小さく首を傾けながら私を見るリッパーさんは理由を請いているように見えた。


怖いんです、あなたの事が。そう素直に伝えてしまったら目の前の彼はまたショックを受けてしまうのかもしれない。そう思うと本音を言う事が出来なくて、居た堪れなくなった私はごめんなさいとだけ言ってリッパーさんに背を向けてゲートへと走った。多分もうすぐ最後の暗号機が点くだろうから、今日はもうさっさと出てしまおう。最後に一瞬だけリッパーさんの方を振り向いた。ポツンと立ち止まったまま、ただ静かに私の事を見つめるリッパーさんに胸がチクリと痛んだ気がした。




けれど諦めの悪いリッパーさん。その後も彼は私を追い掛け回す事を止めなかったので困ってしまう。ただ今までと違うのは、私の隣に立つのではなくて少し離れた所からじっと私を見つめるようになったという事。正直心臓バクバクの範囲内に変わりはないのだけれど…。おもむろに視線をリッパーさんへと向けると、一瞬だけピクリと身動ぎして私を見つめ返す。因みにふざけて霧の刃を飛ばすのも止めてくれるようになった。


リッパーさんが私たちに害を与えなくなってどれくらい経ったんだろう。心の傷は時間が癒してくれるというのは中々当たっているらしくて。あんなに怖かったのに、今は前ほどじゃないし心臓はバクバクしても恐怖で震える事はなくなった。…でも心臓がずっと忙しなくばっくんばっくん動くのもしんどくて疲れるので、出来ればもう少しだけでも離れてくれないかな…と思い切って恐る恐る声を掛けてみる。


「…すみません、リッパーさん。もう少しだけ離れてもらってもいいですか…?」


ガーンガーン、とか、露骨にショックを受けたようにリッパーさんがふらりとよろめいた。そんな、そこまで傷付かなくても…。ついこの間までは余裕たっぷりの涼しい顔で私を嬲って楽しんでいたくせに。それがここまでしおらしくなるなんて思ってもいなかった。まさかこんなにも、ハンターの彼から好かれてしまうだなんて。そういえばリッパーさんの鼻歌、暫く聞いてないなぁとか、少し寂しく感じているのを自分でも意外に思った。ブルブルと震え出してしまいそうなリッパーさんを心配そうに見つめながら一応弁解の言葉を添えておく。


「あ、えっと…嫌いとかそういうんじゃなくて…!その、リッパーさんが近くにいると心臓がドキドキして苦しいので、」



暗号解読にも集中出来ませんし…。率直にそう伝えるなり、リッパーさんはどこか嬉しそうにぱあっと表情を明るくさせて、ぐわっと勢いよく私を抱きかかえた。突然の浮遊感に肝がひやりと冷える。「ちょ、リッパーさんっ、!」トン、とリッパーさんの鋭い爪が自身の左胸と私の左胸を交互に指差した。ミートゥーとでも言いたいのか。ぐっと引き寄せられて、耳がリッパーさんの胸板に押し当てられる。確かに彼の心拍数も速い気がするけど。いや、そうではなくて!私のは恐怖心からです…!とか、そんな事言えるはずもなく。ただ静かにぎゅうぎゅうと私を強く抱きしめるリッパーさん。うっとり恍惚としたオーラを発しながら、リッパーさんの心臓はあいらぶゆうと熱っぽく叫んでいた。


20190219

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