other2

□蛸足ロマンス
1ページ/1ページ

*ハンター夢主



待機室へと入ってすぐ、椅子に腰掛けながら暇を持て余すハスターくんと目が合ったので淡く微笑みかける。ハスターくんはわたしに気がつくなりさっと立ち上がって、恭しく会釈をした。


「お久しぶりです。今日は宜しくお願いしますね」


彼の幾つかある瞳がすっと細められる。ハスターくんもやんわりと表情を崩しながら、柔らかく微笑んでくれたように見えた。ハスターくんは威厳があってオーラも強くて、最初はハンターであるわたしでも近寄りがたくて怖い雰囲気だと苦手に感じていたけど。実際はとても丁寧で律儀に接してくれるステキなハンターさんなのだと、最近は彼へのイメージもガラリと変わった気がする。今だってほら、綺麗に指を揃えたハスターくんが、わたしへと向けて静かに手を差し出してくれる。ワンテンポ遅れてからはっとしたように手を伸ばし、わたしも両手でハスターくんのそれに触れた。


「頑張りましょうねっ」


意気揚々と固く握手を交わす。ハスターくんもうむと大きく頷いて、もう片方の手も添えるとギュッとわたしの手を握りしめた。


「…」

「…」

「……あのぉ?」


握手長くないですか…?依然と手を握りしめられたままおずおずと口に出してみる。ハスターくんはキョトンと首を傾げながらも、繋がれた手をユラユラと揺らしていた。ん?んん…。まぁ、いいか。どことなく無邪気なハスターくんに促されてついそのままでいると、ハスターくんは満足そうに何度か頷いていた。結局ゲームが始まるまでわたしの手が解放される事は無かった。







ゆっくりと目を開けて辺りを見渡す。月の河公園テント中二階。この場所から始まったという事は、大体窓から飛び降りて真っ直ぐ歩けば一人か二人サバイバーが居るはずだ。予想通り、わたしの姿を捉えるなりビクリと肩を震わせたお医者さんにニコリと笑い掛けてみせる。瞬時に顔を青くして逃げる彼女を何の迷いも無しに追い掛けて武器を振るった、が、


「(あっ、当たらない…!)」


彼女は板を倒すのも越えるのも遅いはずなのに、何故こうも当たらないのか…。さっきからボヨンボヨンと板に空振りする音がとても虚しい。ぜぇぜぇと肩で息をするわたしの事を、お医者さんは険しい顔でじっ、と見つめていた。かんっぜんに行動を読まれている…。このお医者さんは強い!そう確信したわたしはさっさと諦めてしまう事にした。最初のチェイスが試合の勝敗を決めると言っても過言ではない。別エリアではハスターくんがボコボコと文字通りサバイバーの事をタコ殴りにしているし、わたしが彼の足を引っ張ってしまう訳にはいかないのだ。

ちょうど目の前を、ハスターくんの攻撃から逃げてきたらしい納棺師くんが通り過ぎていくのが見えてすぐに武器を振り下ろした。そこで漸く鳴り響く鐘の音に嬉々とする。や、やったぁ一発入った!中途半端に怪我を負っていた彼はあと一撃でも喰らえばダウンするだろう。目をキラキラと輝かせて納棺師くんの後ろにぺったり張り付いていると、不意に板が倒されて直撃した。


「うああっ!いぃ、痛いぃ!」


堪らずその場にしゃがみ込んで頭を抱える。情けない事に、じんわり広がる鈍痛に目が自然とウルウル潤んだ。うえっえっ、痛いよぉ。板を倒した張本人の彼は罪悪感を感じているのか、オロオロとした顔でわたしの心配をする素振りを見せるので呆気に取られてしまう。な、なんて心の優しい青年なんだ。でもわたしにも意地があるのです。あと3秒待ってあげるから逃げなさい青年。

そう心の中だけで嘆いていると、突然彼の近くに触手が生えて納棺師くんへと勢いよく伸びた。べしんと乾いた音がして納棺師くんの身体が吹っ飛ぶ。驚いて目をパチクリとさせるわたしの後ろから、独特の粘着音を出しつつハスターくんが近付いてきた。はっと振り向くなり立ち上がってすぐにお礼を述べる。


「ありがとうございますっ!…それと、足手まといで申し訳ない、です」


しゅん…。ションボリ落ち込んでしまうわたしにハスターくんはゆっくりと頭を横へ振って。打ち付けた頭を心配してくれるので表情が緩む。


「はいっ!大丈夫です」


優しいハスターくん。今度こそわたしもサバイバーをボコボコに仕留めなければ!そう意気込み、ハスターくんのおかげでダウンさせる事が出来た納棺師くんを吊ろうと近付いた、ら、後ろから手を引かれてくんっと引っ張られる。


「…?ハスターくん?」


不思議に思って首を傾げたわたしの事を、ハスターくんがじ、と静かに見つめている。少ししてから時間差ではっ!となった。ピンときた顔のわたしを、ハスターくんがどこか期待を込めた瞳で見つめ返す。


「そっか、そうですよね!ハスターくんがトドメを刺した獲物なんだからハスターくんが吊らなくちゃ!」


途端に、ちっがーう!とでも言いたげに表情をムギュウと歪めたハスターくん。あ、あれ、違った?おどおど挙動不審になるわたしの近くに触手を一本生やして、ハスターくんはそのままわたしを締め上げるのでぎょっとしてしまう。


「ちょ、ハスターくん、私はサバイバーじゃないですよっ?間違えてます…!」


けれどハスターくんはわたしを離そうとはせず、かといってそれ以上の強さで締め付けてくる事もなく。少しわたしから距離を取ると更に触手を二本生やした。半カールを描いた触手が綺麗に向かい合わせで並んでいる。それがなんだか大きなハートのように見えて、胸が心地良く波打った。


「ハスターくん…、」


器用ですね。そう呟くと彼は少し照れたように頬を掻く。そのまま辿々しくジェットコースターの方を指差したハスターくんについキョトンとしてしまった。一緒に乗りたいのだろうか。いやいや、そんなまさか。


「あの…サバイバー狩らないんですか?私を口説いてる場合じゃないんじゃ…」


こんな事をしている間にもどんどん暗号解読が進んでいく。ハスターくんが良いのなら別にわたしも勝ちには拘らないけれども、本当にいいのかな…。浮かないわたしの反応に、ハスターくんは断られてしまったと認識したのか。今度はハスターくんがションボリと肩を下げるので慌てて頭を振った。


「分かりましたっ、一緒にジェットコースター乗りましょう」


たまにはそうやってハンターの仲間同士親睦を深めるのもありかもしれない。そう思って笑顔で頷くと、ハスターくんも嬉しそうに表情を崩して頷き返す。


ずがん、と。大きな発砲音が響いたのはその時だった。瞬時に銃弾がハスターくんへと当たって大きく弾ける。ぶすぶすと上がる煙に驚きが止まらない。わたしを縛っていた触手がゆるゆる自然に解けていった事にも気付かず、わたしはただ口をポカンと開けたまま呆けていた。い、今銃ぶっ放したの誰ですか!?茫然とするわたしの手を、誰かが掴んで走り出すので我に返る。恐らく銃を撃ったのは傭兵の方で、今わたしの手を引いているのはカウボーイの方だ。

触手に絡め取られているわたしを見て、ハスターくんと仲間割れした挙句虐められていると勘違いしてしまったのかもしれない。


「あっ、あの、お気持ちは嬉しいのですが、わたしはっ、」


カウボーイさんがチラリとわたしを一瞥するなり、揃えた指先を唇に当ててはチュ、と投げキッスを飛ばすので何だかむず痒くなる。ち、違うんです、わたしだってこう見えてちゃんとハンターなんですよっ!わたしの後ろからはドスドスと、ハスターくんが憤怒の色を見せながら迫ってきていた。取り敢えずカウボーイさんはわたしを放って早く逃げた方が賢明だと思います…



20190415

次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ