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□忘れられないキスをしよう
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「ナワーブくん、大丈夫?」


フラフラと覚束ない足取りのナワーブくんを支えてあげながらそう訊ねてみる。ナワーブくんはコクコク頼りなく頷いては、表情を崩してクシャリと苦笑いを零した。飲み会がスタートした当初、勧められるままにアルコールを煽っていたわたしを一番心配してくれていたのはナワーブくんだった。無理して飲まなくてもいいからなとか、帰りはちゃんと送っていくからとか、優しい言葉を沢山かけてくれたナワーブくんをまさか自分が送り届ける事になるとは。うーん、正直思ってもいなかった。わたしって結構お酒強いんだ。とか、我ながら悠長な事を考えながらよいしょっとナワーブくんを支え直す。わたしももう少し酔えたなら、こうしてナワーブくんに甘えられたのかな。横目でチラッとナワーブくんを一瞥してみる。わたしの視線に気が付いたらしい、少しきょどりながらも口元に笑みを残したナワーブくんが、わたしの顔をマジマジと見つめ返した。


「あと少しで着くからね」


そう笑いかけると、ワンテンポ遅れてナワーブくんも笑い返してくれるので心がウキウキと弾み出す。まぁ、ナワーブくんと一緒に居られるのに変わりはないからいいか。えへへとこっそり小さく笑みを零して、わたしはフラフラのナワーブくんに引き摺られてしまわないようにもう一度彼を引っ張り返して体制を整える。ぎゅ、と不意にナワーブくんがわたしの手を握るので少しだけ驚いた。ビクリとしながらナワーブくんの方を見やる。わぁ、び、ビックリした、ナワーブくんが足を止めたのにつられてわたしの足も自然と止まった。


「ナワーブくん…?」


酔ってるの?そんなの見たら直ぐに分かるのに。愚問だと分かっていながらも、わたしは間合いを埋めるみたくナワーブくんに訊ねた。それでも手が離れてしまうのは何だか名残り惜しくて。わたしからも軽く彼の手をきゅうと握り返してみる。ナワーブくんの手は大きくてしっかりしてて、当たり前だけど男の子の手をしていた。

心臓がドキドキして段々と苦しくなってくる…。そんなわたしとは裏腹に、一体何がそんなに楽しいのか。ニコ〜っと表情を崩して笑うナワーブくんは中々に可愛くて目を奪われた。わ、なんていい笑顔。つられてわたしもニコっと笑顔になっていると、不意に伸びてきた腕に後ろ頭を抑えられそのまま引き寄せられた。ビックリして少しだけ目を見開く。ちゅ、と、唇に柔らかい物が触れて呼吸が止まる。ついでに時間も止まってしまったんじゃないかっていう錯覚に陥って、わたしは瞬きをする事も忘れてただ呆然と固まっていた。へへ、と可愛らしく声に出して笑ったナワーブくん。あまりにも屈託無く無邪気に笑うから、ついわたしも真っ赤な顔で笑みをこぼしてしまった。


「…?あれ、ナワーブくん?っわ、ちょっと、!」


ダメ、寝ないで!起きて!わたしの制止も虚しく、ガクンと傾いたナワーブくんに慌てて力を入れる。一緒に倒れそうになりながらも何とか支え直して、わたしはヒイヒイ言いながら長い時間をかけてナワーブくんを部屋まで運ぶ事に成功した。な、長い道のりだった…。肩で大きく息をしながら、顔を赤くしたままスヤスヤとベッドで眠るナワーブくんへと何気なく視線を移す。そして先程の事を思い出して恥ずかしくなった。ああ、次ナワーブくんに会った時、わたしは一体どんな顔をしたら良いんだろう。そんな心配までしていたのに…。そうして実際次に会った時、ナワーブくんは開口一番でこう言った。


この前はちゃんと誰かに送って貰ったか?何もされなかったか?と…。もしかしなくても、ナワーブくんはこの間の事を覚えていらっしゃらない…?正直ショックだった。ナワーブくんからキスしてきたくせに。そんな酷い事あるだろうか。…でもそうだよね、ナワーブくん、酔ってたもんね…。顔には出さないようにしたけど内心ではめちゃくちゃに落ち込んでしまって、わたしは神妙な顔つきで小さく頷く。


「…うん、」


案の定、わたしの只ならぬ雰囲気を感じ取ったナワーブくんが、え、と短く声を漏らして唖然と固まる。何かあったのかと視線で訴えてくるナワーブくんに、「ちょっとね」とかわざと曖昧に笑ってみたりして。誰に、誰に送ってもらったんだとわたしの肩を揺さぶる彼にふふっと笑い声を上げながら躱してしまう。それはね、キミだよ。ナワーブくん。なんて、そう素直に言えたらいいのにね。チクチクと痛む胸に目を伏せながら苦笑いを零して、わたしはそのままナワーブくんへと視線を向けた。


「ねぇ、一緒に飲もうよナワーブくん。今日は二人きりで」


話したい事があるの。そう続けるとナワーブくんは訝しげな顔をしながらも首を縦へ振った。本当は話したい事なんて無いのだけれど、ナワーブくんは相当わたしの話に興味があるのか。まんまと釣られてわたしの後を付いてくる。何だかわたしも酔っ払ってしまいたい気分だった。それで同じように全部忘れてしまいたい。だって、わたしだけ覚えてるなんてそんなの切ないじゃない…。

今更遅いなんて分かりきっていたけど、それでも今はヤケ酒がしたい気分だったのだ。覚えていない罪として、ナワーブくんにはとことん付き合って貰おう。そうひっそり企てて次々にアルコールを体内へ流し込んだ。この前とは比べ物にならないくらいのハイペースでどんどん煽る。そんな飲み方をしていたら割とすぐに酔いが回ってきたらしい。何だか気分はフワフワのクラクラで、顔も一気に赤く火照ったし心臓がドキドキしてきた。ヤケ酒なのは一目瞭然。そんなわたしの事を、ナワーブくんが心配そうな面持ちで見つめている。


「だいじょーぶだよぉ。だって今日は、ナワーブくんがわたしの事送ってくれるんでしょ?」


ナワーブくんはこの間飲み過ぎてしまった事を自覚しているのか、飲む量を調節して少しずつ呑んでいたので、彼の顔はほんのり赤らむ程度で止まっていた。二へっと締まりの無い顔で笑うとナワーブくんが頬の赤を強くしながら、視線を逸らして頷いてみせる。あ、何だか今日はこの前よりも上手く酔っ払えている気がする。でもこれ以上ペースを上げたら酔うを通り越して吐く気がしてきたな…。ちょっと不安、


「ふへぇ、」


少しだけフラフラする。この前はなかった気怠い感覚に少しだけしんどさを感じた。ナワーブくんがわたしの元からグラスを回収して、ひっそり水と置き換えてくれた優しさに胸がじんと震える。そういうさり気ない所がね、すっごく好き。手を伸ばしてナワーブくんの手をギュ、と握り締めた。肩を跳ねさせて驚いた様子のナワーブくんを見てつい、手を離す。あぁ、わたしって酔ってもとことん理性が残るタイプなんだなぁと、改めて認識して損をした気分になった。酔ってるのかと確認をしてきたナワーブくんに思わず笑ってしまう。ふふ、それ、わたしがこの前ナワーブくんに聞いたやつ。


「うん、そうかも。…ナワーブくんも大分酔ってたね、あの時」


あの時?そう復唱する彼にイエスの返事をする。


「…ナワーブくんは気になる?わたしがあの夜、何をされたのか」


ナワーブくんの目が僅かに見開かれて、真剣な眼差しがこちらを見据えた。その表情は好奇で満ちている。ね、教えてあげよっか。そう訊ねればゴクリと唾を飲み込んだナワーブくんが、コクコクと何度も頷くので心臓のドキドキが酷くなる。一度深く息を吸って、吐き出して…覚悟を決めるとナワーブくんのグラスを手に取った。あっ!と声を上げて制止するナワーブくんを傍目に、わたしは一息で飴色の液体を飲み干してしまう。フラフラ、クラクラ。そしてドキドキ。潤む視界の中両手を伸ばして彼のフードを掴むなり、わたしはぐいと引き寄せて少し強引に唇を押し付けた。ピタリと動きを止めたナワーブくんを他所に、わたしはまたゆっくりと唇を離して距離を置く。

ナワーブくんはあの後可愛らしくフニャフニャ笑っていたけど、わたしには到底真似できそうにない。そんな余裕は微塵も残っていなかった。にっこりハニカムとか絶対無理。だって酔っ払っていても意識はハッキリしているんだもの!上手く惚けられる自信もなく、わたしはただただ顔を赤くしながら机へと突っ伏した。ナワーブくんの顔を見る事が出来ない。今彼は、どんな表情をしているんだろう。お互い様なのは分かっているけど、気を悪くしたりしてないかな。そう思うと不安で仕方がなかった。


「…ごめんね、嫌だったら忘れてね」


堪らずそう言葉を散らす。ああ、出来る事ならわたしも忘れたい。あの日の、ナワーブくんみたいに。忘れてしまいたい。そう出来たら楽で良かっただろうに。ガックリ項垂れるわたしの頭をトン。と、不意にナワーブくんが拳を当ててノックしてくるので恐る恐る上目遣いで彼を見上げる。わたしと同じくらい顔を赤くしたナワーブくんが眉根をギュッと寄せつつこちらを見下ろしていた。忘れられる訳ないじゃないか。そう、ムギュウとわたしの両頬に手を添えて少し上を向かせると、ナワーブくんは再びわたしに唇を寄せた。



20190704

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