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□プッツンしたなら合図をくれ
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仲のいい女子メンバーで集まって飲み会をした帰り道、食堂から漏れる明かりと賑やかな笑い声に気を引かれてつい中を覗き込んだ。見るとこちらも丁度お開きの時間なのか、いそいそ後片付けをするノートンくんが見えてつい中へと入り声を掛ける。フラフラのイライくんを支えて帰り支度をしていたウィリーくんがよぉと片手を挙げて挨拶を交わしてきた。私も手を振って応えると、それに気が付いたようにイライくんがピクリと反応を見せて顔を上げる。結構飲んでいたらしい。イライくんの顔も大分赤かったけれど、テーブルに突っ伏して酔い潰れてしまった様子のイソップくんは耳まで赤くしていて苦しそうに呻いていた。


「大丈夫?ちょっと飲み過ぎじゃない?」


イソップくんは普段からあまり飲まないイメージだし、イライくんがこんなベロンベロンになってるのなんて初めて見た。少し心配になっておずおずとイライくんを見つめると、苦笑いで大丈夫だと返ってきたので少しだけ安堵の息を吐く。ウィリーくんは手を頭の後ろへやって困ったように笑っていた。


「良かったら、イライくん送って行こうか…?イライくんと私のお部屋近いし」


酔い潰れてしまったイソップくんをノートンくん一人で運ぶのはしんどいだろうなと思って、そんな提案をしてみる。だけどイライくんはブンブン勢いよく首を横へ振るので呆気に取られた。うわ、全力否定されてしまった。そんなに私に送られるのが嫌なのかな、ちょっとショック…。


「そ、そっか。そうだよね、ウィリーくんの方が安心出来るよね」


えっ、とウィリーくんが少し複雑そうな顔でイライくんを見やるけど、当のイライくんは微笑混じりにコクコクと頷いている。でも確かに、酔いが回っていてフラフラのイライくんを支えきれなくなった私が転倒とか大いにあり得るし…イライくんだってさっさと部屋に戻って休みたいよね。そう納得して、私は分かったとイソップくんの方へと向き直った。


「じゃあイライくんはウィリーくんに任せて、私はノートンくんと二人でイソップくんを送ってくるね」


今度はイライくんがえっと短く声を上げた。くい、と服の裾を掴まれて咄嗟にイライくんの方を振り返り首を傾げる。


「…?どうかした?」


口をムギュっと結んで難しい顔をするイライくん。その奥ではウィリーくんがテーブルを叩きながら爆笑していて、ノートンくんまで穏やかな表情でこちらを見ているので疑問は増えるばかりだ。イライくんは益々顔を顰めながらどこかジトっとした視線をウィリーくんへ送りつける。


「えっ、なぁに…?」


笑いのポイントが分からなくて何だかモヤモヤしてしまう。だけどウィリーくんに爆笑の理由を聞いてもひぃひぃ笑いながら何でもないと誤魔化されてしまったし…イマイチ釈然としなかった。ううん、気になる…!教えてくれてもいいのに。

ノートンくんがイソップくんの身体を揺すって立たせようとするものの、熟睡していて全く起きる気配はない。ノートンくん大変そうだな。結局、それを見たウィリーくんにやっぱり私にはイライくんの方を頼むと言われてしまい、私は再度イライくんの方へと身体を向けて視線が合う。未だに私の服を掴んだままなのがちょっと可愛かった。


「ごめんねイライくん、私で我慢してね」


そう言うとイライくんは慌てたように顔を左右へと振って謝罪の言葉を述べる。どうやら、最初に私の提案を断ったのは申し訳なさからだったらしいと聞いてホッとした。良かった、イライくんに嫌われてるのかと思った。「じゃあ行こっか。ここ段差あるから、気を付けてね」言いながらイライくんの隣へと立ち彼の腕を取る。支える為にしっかりイライくんの腕に力を入れてギュウと抱き付くと、イライくんの身体がビクリと大きく跳ねるので少しだけ驚いた。心成しか、イライくんの顔がさっきよりも赤みを帯びている気がする。


「大丈夫?」

「…、」


どうしたんだろう。疑問に思う私からまるで逃げるように、イライくんが身を捩って距離を空けようとするので困惑してしまう。


「あ、危ないよイライくん…!はっ、それとも、やっぱり私じゃあ嫌…?」


イライくんは優しいからあんな風にフォローの言葉をくれただけで、本音を言うとやっぱり私の事が嫌いというか苦手なのかもしれない…。と思うとタライが頭上に降ってきた並に衝撃を受けて固まる。でもイライくんはそんな事はない!と弁解してくれて、ウィリーくんはやっぱりニヤニヤと楽しそうに笑っていた。


「本当に?私で大丈夫…?」


うんうん。しっかりと頷いたイライくんを確認してから彼を支える腕に力を入れ直す。ピシリと固まって表情を強張らせるイライくんに心配になった。本当に大丈夫かな…。一方視界の端っこではウィリーくんが軽々とイソップくんを起き上がらせていて、さすが力持ちだなぁと感心する。そして目が合うなり私の心配をしてくれたのでうんと頷いておいた。ほんのりと頬に赤が差す私はほろ酔い状態。でも男性陣に比べれば全然意識はしっかりしてるし少しよろけはしてもフラフラはしないし。何とかなるだろう。


「大丈夫、私はそんなに飲んでないから。行こ、イライくん」


気を付けてな〜と手を振ったウィリーくんとノートンくんに手を振り返す。それだけでバランスを崩して傾いてしまいそうになるので内心ヒヤリと慌てた。あ、危ない危ない、気を抜かないようにしなくちゃ。

イライくんのペースに合わせながらゆっくりと部屋へ向かって前進して行く。一見平気そうに見えたけど、やはり結構アルコールが回っているらしい。イライくんの顔は相変わらず真っ赤だし、腕から伝わる熱に気が付いてそっとイライくんの顔を盗み見た。いつもは澄まし顔でお酒を煽るイメージのイライくん。普段だったら介抱される側ではなくて介抱する側みたいだし、こんなにグデングデンになったイライくんを見るのは初めてで何だか珍しいな。とか、少しイライくんに意識を削がれ過ぎてしまったのかもしれない。何も無い所で転びそうになって、まさかの私からバランスを崩すという最悪の事態…!「っひゃ、あ!」グラリと視界が傾いて肝が冷える。イライくん諸共硬い廊下へとダイブしそうになって目を瞠るものの、咄嗟にイライくんが私を庇って下になってくれたので私自身身体への衝撃は少なく済んだ。恐る恐る目を開けて漸く、自分ががっつりイライくんの上へと凭れかかっている事に気が付いてハッとする。


「ごっ、ごめんね!イライく、」


直ぐに退かなければ!と起き上がろうとして、出来なかった。イライくんの腕が、ガッチリ私の腰に回されていて離してくれない。寧ろそのまま背中へと手を回されて引き寄せらる。退くことに失敗した私はぺしゃんと潰れて再びイライくんと密着状態に陥った。あいた、た…、


「あの、イライくん…?」


不規則に呼吸をするイライくんは苦しそうに見えて心配になる。っ、はぁ…、とおもむろに吐き出された息が熱っぽい。見るからに辛そうだ…。ふと、もしかしたらイライくんは、予想通り私がイライくんを支えきれなくなって転倒してしまったから怒っているのかもしれない…!と察して青くなった。うう、イライくんには本当に申し訳ない。やっぱりイライくんはウィリーくんにお任せすれば良かったっ、


「ごめんねイライくん、やっぱり私はイソップくんを送りに行った方が良かったね、」


ピクリ、僅かにフードがズレた下でイライくんの眉が顰められる。プツンと、何かの切れる音がした気がした。そんなにイソップくんの方へ行きたかったのかと、そう訊ねるイライくんにポカンとなる。


「えっ?」


イライくんの手が後頭部へと回されて先程同様引き寄せられる。重なった唇に驚いて目を見開く間も無く、離れてはまたくっ付くの繰り返しにただひたすら固まってしまった。その内レロ、と舌で唇を舐められてビクッとする。驚いて口を開けてしまうとそのまま舌が口内へと入ってきてパニックになる。イライくんの両手は私の首の後ろで組まれていて、離してくれる気は毛頭も無さそうだった。


「んっ、んー!」


舌を軽く吸われる度にゾワゾワとした感覚が背筋を走り抜ける。何とかイライくんの顔の両端に手をついて耐えていたものの、腕がプルプル震えてきて段々とそれも難しくなってきた。ガクンと再び上半身がイライくんに密着して、イライくんが苦しそうに息を吐きながら私の胸に手を沿わすので変な声が出てしまう。


「っひああ!?ちょ、何をっ、ん…!」


えっえっえっ?なんで私は今イライくんにキスをされて胸を揉まれているの…?ええっ?状況について行けてなくて頭が置いてけぼりを食らっている…!空いてる方の手では腰回りや太腿を撫でられていてビクビクと、小刻みに震える私を満足そうにイライくんが見つめている。その内完っ全にイライくんへと主導権を取られてしまって、いつの間にかズルリと身体を抱き込むように引っ張られ体制すら逆転していた。気がつけば私はイライくんの下に来ている。よ、酔っ払いとは思えない程の力だよね!?


「っ、!んーっ!いらっ、イライく、すとっぷ、お願いストップ…!」


べしべしイライくんの身体を叩いて必死に制止を求めるものの、イライくんは聞く耳持たず。手を絡め取られてしまう始末で身動きが取れない。そのままホッペタや首筋にまでキスを落とされてその度に悲鳴が漏れた。ひいい!めちゃくちゃチュッチュされてるううう!チクチクと走る痛みから、多分キスマークを付けられているんだろうなと想像して困惑した。「んっ、ぅ」ヌルリと湿った舌が私の首筋を這ったのに肩を竦めて唇をキツく結ぶ。あ、熱い。イライくんの舌も、私の身体をなぞる手も、私の顔も、全てが熱くて溶けてしまいそうだ。

ふと顔を上げてこちらを見下ろしたイライくんが、柔らかく微笑んで私の頬を撫でるので不覚にもドキリとする。その様子があまりにも穏やかでつい絆されそうになったけど待って、私はイライくんとそういう関係でも無ければここ廊下だよっ!?いくら深夜とはいえそれは!まって、


ストップを求める声は再びイライくんの唇によって打ち消されてしまう。熱烈なキッスをひたすら受けながら悶えていると、不意に近くの部屋のドアが開いて一気に意識が覚醒した。ベシン、凄い勢いで丸められた雑誌がイライくんの脳天へとヒットしてイライくんが崩れ落ちる。その上で、至極イライラした様子のライリーさんが私の事を睨みつけていた。こ、怖い!そして怒りを含んだ声で盛るなら自分達の部屋でしろ!と言い残して部屋へと戻って行ってしまうライリーさん、を私は意を決して呼び止める。


「すっ、すみません…!おこがましいのは承知の上なんですけど、その…イライくん運ぶの手伝ってくれたり、なーんて…?」


バタン。私の話を最後まで聞くこと無く扉が閉められてうぅと嘆いた。ライリーさんは中々冷たい人だ…。でもその冷たい人に救われたのもまた事実。本気で襲われちゃうかと思った…。


「…はぁ」


ぐいと、自分の口元を拭いながらフラフラと立ち上がってイライくんを見下ろしてみる。イライくんって酔うとキス魔になってしまうんだ。知らなかった…。次からは覚えておこうと肝に命じながら、結局私はウィリーくんに助けを求めるべくイソップくんの部屋まで走るのであった。そして面食らった顔で私の首筋を凝視するウィリーくんとノートンくんの視線によって漸く、キスマークの存在を思い出して死にたくなった。はっ、恥ずかし過ぎる…!


「いやっ、あの、これは…!虫に刺されただけでっ、」


とか、二人は苦笑いしてくれたけど無茶な誤魔化しが効いた気もしない…。自室についてシャワーを浴びてベッドに潜った後もずっと悶々と考え込んでしまった。この事は忘れよう。本当に虫に刺されただけなんだよと自分に言い聞かせて無理やり目を閉じる。しかし寝不足のまま朝を迎えて一番に、私の部屋へ訪れてきた人物がいた。一応昨夜の記憶はハッキリと残っていたらしいイライくんが、部屋へ入るなり土下座で謝罪の意を告げるので慌てる。


「イライくん顔を上げて!気にしてないから大丈夫だよ!」


それ以上床に頭を擦り付けるイライくんを見ていられなくて咄嗟にそんな嘘をついてしまった。だけどイライくんも私が無理をしているのを見透かしたように引き下がらない。本当に申し訳ないです、ごめんなさい。でも好意を寄せているが故の行動だったんだ。誰でも良かった訳じゃないんです本当ですと続けるイライくんに、私は一瞬混乱してから徐々にその言葉の意味を理解して、真っ赤になりながらフリーズしてしまった。取り敢えず分かったのは、イライくんはただのキス魔じゃなかったという事だ。自分では見えないけれど、首筋に付けられたキスマークを思い出してジンワリとした熱に見舞わる。そこからドキドキと意識し始めて、まんまとイライくんが気になり出してしまったのは最早言うまでもない。



20190704

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