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□恋する乙女は金魚姫
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「あっ!」


ピチピチ。勢いよく跳ねたそれに、薄い和紙は簡単に破けて。ぽちゃんと水に落ちていく音がした。「また失敗したぁ…」項垂れるわたしを傍目に、ノートンくんが苦笑を浮かべながら近付いてくる。


「コツがあるんだよ」

「コツ…?」

「なるべく負担が掛からないように、ポイは斜めに入水させて。金魚は追いかけない事」


ノートンくんがわたしの後ろに回り込んで手を伸ばす。近い距離に思わずドキ、として、そのまま手を握られたのに心拍数が跳ね上がった。わ、ち、ちかい、


「金魚はなるべく表面に上がってきた奴を狙って、」

「う、ん…あぁ、!」


ぽちゃん。ノートンくんが折角指南してくれたのに、結果はまたもや失敗。ノートンくんにドキドキし過ぎて身体がガチガチになっていた所為もあったのかもしれない。ポッカリ穴が開いてしまったポイを見つめながら失笑を零すと、ノートンくんが貸してご覧とわたしの手からポイを受け取った。もう破れてしまったのにどうするんだろうと思っていたら、ノートンくんはそのまま、意図も簡単にひょいと金魚を掬い上げてしまうので感嘆の声が漏れる。


「わあっ!すごいすごい!」


はしゃぐわたしにノートンくんは柔らかく笑って、専用のビニール袋に金魚を入れると静かに手渡してくれるのでキョトンとなる。


「あげるよ」

「えっ、いいの?」

「勿論。その為に取ったんだし」


キュンっ、て。ノートンくんの思いやりとプレゼントが嬉し過ぎて心臓が甘く疼いた。うれしい、嬉しい。ノートンくんがわたしを気に掛けてくれたという事も、こうしてわたしの為に金魚を捕まえてくれた事も、全部。嬉しいなぁ。ありがとうと満面の笑みで微笑むと、ノートンくんもつられたようにハニかんでくれてもっと嬉しくなった。


「えへへ、大切にするね」


小さな小さな金魚ちゃん。ノートンくんに貰ったその子は尾ひれが少し丸みを帯びていて、何だかハートの形をしているように見える。それが可愛らしくて更に愛着が湧いた。涼しげなブルーの金魚鉢を用意してそこに金魚ちゃんを放してあげる。悠々と泳ぎ回るその子に名前を付けてあげようかと考えたものの、結局センスが無くていい名前も思いつかなかったので呼び名は今でも金魚ちゃんのままだ。毎日エサをやりながら、ガラス越しに指を当てると近寄ってくる金魚ちゃんが愛らしかった。金魚ちゃんを見ているとあの日のノートくんを思い出して胸が甘酸っぱく詰まる。ね、金魚ちゃん。ノートンくんに貰った大切な金魚ちゃん。それはもう毎日愛情を込めて育てて愛でまくった。


「ほーら、ご飯ですよー」


エサを注ぐとパクパク口を動かしてご飯を食べる。いつも見たくトン、指先を添えると金魚ちゃんがスイっと身を寄せて頬擦りをするような仕草を見せるので愛しさがこみ上げた。みんなは猫ちゃんとか鳥さんとか、連れて歩けるペットを連れているのでほんの少しだけ羨ましくなる。いいなぁ、わたしも金魚ちゃんを連れて歩けたら自慢するのに。

けれど、わたしが金魚ちゃんを溺愛しているという話は中々仲間の間で広がっているようで。ある日ノートンくんから声を掛けてくれた時は飛び上がる程に喜んだ。「金魚、本当に大切にしてくれてるんだって?ありがとう、プレゼントした側としても嬉しいよ」と、そう言ってくれたノートンくんにうんと頷いて思い切った提案をしてみる。


「良かったら見においでよ。金魚ちゃん、凄く大きくなったんだよ」


ひゃ〜、言っちゃった。しかもノートンくんは二つ返事で了承してくれて、今、ノートンくんが、わたしのお部屋に…!そう思うと緊張してついぎこちなくなった。少しソワソワしながらノートンくんの動向を見つめていると、ノートンくんが金魚ちゃんを見つめながら本当だと呟く。


「大きくなったな」

「ふふ、でしょう?それにね、この子凄く賢いんだよ。こうして指を当てて動かすと付いてくるんだけど、わたし以外の人にはしないの」


いつもみたく指を金魚鉢の端に置いてついっとなぞる。その後を追い掛けるように着いてくる金魚ちゃんを見てノートンくんが同じように真似をするけれど、ノートンくんの指に変わった途端金魚ちゃんがすいっと離れていくので、ノートンくんがくつくつと小さく喉の奥で笑った。


「ちゃんと主人の事を認識してるんだな」


ノートンくんが、笑ってる。とても穏やかな表情で。あぁ、好き。それだけでわたしの胸はキュンキュンと弾むのでえへへと笑みが込み上げてきた。ノートンくんと距離を縮めるきっかけをくれた金魚ちゃんには感謝しかない。ありがとうと心の中で金魚ちゃんにお礼を述べて、わたしはおずおずノートンくんの方へと向き直った。


「ノートンくんのおかげでね、わたしにも可愛くて大切なペットが出来たの。ありがとう!だからわたしも何かお返しするよっ」


何がいい?これでまたノートンくんと距離が縮まるといいなぁ、なんて。そんな下心から、少しドキドキしながらノートンくんへと問い掛ける。するとノートンくんは少し考える素ぶりを見せて、わたしの瞳をゆうるりと見つめ返しながら「…じゃあ、」とおもむろに言葉を紡いだ。


「キミと一緒に過ごす時間が欲しい」

「へっ?あ、ええと、それなら今度一緒にお茶でも…?」


そ、そんなので良いのですか!寧ろノートンくんと同じ時を過ごせるなら本望ですと思って、ソワソワしながらそんな事を聞いてみる。けれどノートンくんは気まずそうに頬を掻いて苦笑するのでポカンとなった。


「あれ、分からない?結構直球に言ったつもりだったんだけどな…」

「うん…?」

「キミが好きだ。これから過ごす人生、僕と一緒に居て欲しい」


キョトン。一拍の間を開けてから漸くその言葉の意味を理解して一気に顔へと熱が集まる。真っ赤になりながらただ口をパクパクとさせるわたしを見て、ノートンくんが金魚みたいだと緩く笑った。



20190728

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