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□泥に塗れてダンス
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貯めてたポイントをここぞと使って、電話機で泥を大量購入した。両手で1つずつ持てば準備は万端。自分から心臓の高鳴る方へ赴くと、涙目で走り回るエマちゃんを追いかけ回す范無咎さんを見つけてにんまりと口角を上げた。


「えいっ」


くらえーっ!そんな気持ちで投げた泥が見事范無咎さんにヒット。パリンと小気味良い音を立てながら范無咎さんの服に泥が飛び散ったのに歓喜する。けれど既に二回吊られていて次に捕まったら後がないエマちゃんを捕まえるのに必死らしい范無咎さんは私に目もくれない。ので、その背中にもう一つ泥をぶちかましてやった。むぅ、やっぱり全然効いてないな。さっきの電話機の所まで戻ってまた泥を補充する。丁度この近くの板場でエマちゃんと范無咎さんがジリジリ読み合いをしていたので、今度は二連ちゃんで泥をお見舞いしてやった。

パリンパリン。

気持ちの良い音の後にビチャビチャと中身の泥が弾け飛ぶ。きゃっきゃ声に出して笑いながらもう一つ泥を手にした刹那、ギロリと目くじらを立てた范無咎さんがさすがに私の方を向いて方向転換してきた。まだゲートは開いていないけれど、既に范無咎さんの目が赤く光っている気がする…。見る限りとてもご立腹だ。殺気を丸出しにして私に傘を振るう范無咎さんの攻撃をギリギリの所で躱して板の裏に隠れた。あっ、ぶな、


「やだ范無咎さん、ちょっとしたお戯れなのに」


ちょっとした、お戯れ。どこがだ!とでも言いたげに自身の服を摘んで泥で汚れた箇所を強調する范無咎さん。そんな一瞬の隙をついて最後の泥を全力投球してみた。肩辺りを狙ったつもりだったんだけど、私の狙いは外れて范無咎さんの顔面で泥がパリンと弾けたのにうわと顔を顰める。自分で投げておいてなんだけどさすがに顔面は…


「ご、ごめんね?范無咎さん。顔を狙ったつもりは無かったんだけど、」


さすがに申し訳なくなって謝ってみるけれど、范無咎さんは袖でぐいと顔の泥を拭うなり私に鋭い視線を向けて一歩躙り寄ってきた。そのまま攻撃を受けて頭に痛みが走ったのに目の前が一瞬チカリとする。あうっ、痛い。当然だけどとても怒っていらっしゃる。でも一発くらいしょうがない寧ろ受けるべきだと判断してそのままヘラリと顔を上げた。


「まぁまぁ、謝必安さんならまだしも范無咎さん黒ですし!目立たない目立たない」


フォローしたつもりだったけど火に油だったらしい。至極イライラとした様子で彼がもう一度傘を振るったので焦る。んんん!これはちょっと近いまた一発貰うかも。けどその加速を利用して遠くへ逃げてしまおうと思ったのに、その瞬間ぶおおおんってけたたましい音が鳴り響いて、范無咎さんの攻撃を喰らった私は今度こそ引き留めるの一発KOでダウンした。う、うそ、


「…タイミングわっる」



殴られた勢いで少しぶっ飛んだ。殴られた箇所がジンジンと痛みを主張していて熱い。私をダウンさせて少しはスッキリしたのか、さっきよりは涼しい顔をしながら范無咎さんが電話機へと向かうのを遠目から見ていた。ま、まさか。

そのまさか、戻ってきた范無咎さんが私に向かって泥を投げつけてきた。パリンパリンと最早聞き慣れたあの音が耳について咄嗟にキツく目を閉じる。くらった軽い衝撃と同時にべチャリとした不快感に襲われて眉間にシワが寄った。うあ、口に少し入った、まずい。頬に飛んできた泥を拭った所でもう一発泥が飛んでくる。これは…


「い、いじめだ…!」


堪らず抗議の声を上げると、また范無咎さんがこめかみに怒りマークをつけながらプンプンと私に怒り出す。そりゃあ、元はと言えば私が悪いんだけど…。泥で汚れてしまったお気に入りの服にああと項垂れて。クラクラする頭を手で押さえた。だいぶ憂さ晴らしになったらしい。泥だらけだけどどこか清々しい表情で范無咎さんが近付いてきて風船に括り付けられる。いいよ、私が悪いんだもの。吊りなよ。なんなら吊ってからのケバブでもいいよ。それくらい酷い事を私は范無咎さんにしてしまったもの。吊られる覚悟を決めて、私は静かに抵抗を止めた。


「…ごめんなさい范無咎さん。ホントはね、范無咎さんがエマちゃんばっかり追いかけ回すから、私にも構って欲しかったの」


ごめんね、こんな気の引き方しか出来なくて。ふわりふわり。風に揺らされながら范無咎さんにしか聞こえないくらいの声で呟いた。チラリと范無咎さんが私を一瞥するなり、はぁ、だなんて重たげなため息を零す。そして范無咎さんの足がゲートへと向いてるのに気が付いてキョトンとした。


「范無咎さん?」


もう何人かは逃げてしまったみたいだ。そこには誰も居なかったけど、ゲートは開いていた。まだ脱出していないメンバーは多分反対側のゲートに集まっているんだと思う。こっちは私と范無咎さん以外の気配は感じられなくて、何だか静かだった。逃してくれるの?その問い掛けには答えてくれなかった范無咎さん。代わりにブチっと雑に紐を切られ地面に落下した。うわん、いたい。


「…ありがとう」


泥だらけの砂だらけ、もうすっかりボロボロの状態で范無咎さんにそうはにかんでぎゅうと抱きしめて離れた。少しむず痒そうにしながら、范無咎さんが傘を翻して謝必安さんと変わってしまったので思わず目をパチクリとさせる。


「あれ、謝必安さん」


范無咎さんは?と訊ねると呆れたようにして顔を横へ振られた。やだ、照れ隠しとか可愛い。そんな范無咎さんの可愛い一面にときめいていると、謝必安さんが泥だらけの私を見て露骨に嫌そうな顔をする。挙句の果てには一歩後ずさって私と距離を取ろうとするので、私はやだなぁとヘラヘラ笑ってみせた。


「もう泥は持ってないですよ?」


ジロジロと疑惑の目で見てくる謝必安さん。半信半疑で警戒を解いてくれた謝必安さんに、悪戯心でえいっとハートがつきそうなくらいの甘い声を出しながら抱き着いた。ギョッとした様子の謝必安さんだけれど、真っ白だった服が途端に泥で汚れてしまったのを見た瞬間さーっと青ざめた表情を見せる。ブチっと何かのキレる音がした。そして案の定ごつんとゲンコツを喰らった。うあ、い、痛いぃ。ちょっとしたジョークなのにぃ。范無咎さんに傘でど突かれた3倍は痛い。普段温厚な謝必安さんがあんなに怒るだなんて。もう泥で気を引くのも悪戯をするのも控えようと心に誓った。



20190123

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