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□白雪姫からキス
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息を弾ませながらただひたすらに走った。椅子に縛られてしまった私を救助しただけでなく、肉壁をした挙句そのままターゲットも代わってくれたイライくん。早く逃げて!そう言って私を逃してくれた彼の姿が脳裏に焼き付いて離れない。イライくん、大丈夫かな。私のせいで怪我させちゃった…。申し訳なさからしょんぼりと泣きそうな顔で走りながらチラチラと頻繁に通信機を確認する。

取り敢えず残りの暗号機もあと1つだし、ゲートも近いからこの辺りで待機しておいた方がいいかもしれないと踏んで近くの木陰に隠れた。すると、すぐ近くに棺が建てられているのに気がついておずおず近寄ってみる。これは確かイソップくんの…。話には聞いていたけど実物を見るのは初めてかもしれない。好奇心からつい棺桶の中身を覗き見て、心臓が僅かに跳ねた。


「(イライくん、だ)」


胸の前で手を組みながら眠りにつくイライくんはどう見ても人形には見えなくて思わずドキドキしてしまう。凄い完成度だなぁ。まるで本物のイライくんを見ているみたいだ。一歩イライくんに歩み寄って恐る恐る頬に触れてみると、スベスベしていて凄く触り心地が良い。こうしてイライくんの顔をじっと見つめていると、その内動き出してしまう気すらした。


普段だったら絶対こんな事出来ないけど、今だけはお人形さんだって分かってるから少しだけ大胆にもなれる。ゴクリ、唾を飲んでぴとっ、と一瞬だけイライくんの胸元に身を寄せた。っわ、うわ〜っ、結構恥ずかしいかもしれない、これ。仲間の一大事にこんな事をしている場合ではないと頭では分かっているのに、それでも目の前にある誘惑と好奇心には勝てなかった。もう少し、もう少しだけ堪能したら終わりにするし、今にでも暗号機の解読が終わったらすぐゲートに行ってパスワードを入力する。そう自分に言い聞かせて、私はおもむろに彼の頬に触れていた手を徐々に上げながら、イライくんの目元を覆い隠しているそれにそっと触れた。


今これを取ったら、イライくんの素顔が見られるかもしれない…。心臓のドキドキが増して心拍数も上がる。好奇心に負けそうになるのをぐっと堪えて、私は一度俯いた。いや、いやいやいや、止めておこう。散々触りまくっておいてアレだけどそれはさすがにタブーな気がする。それよりも今は…


「…イライくん、」


好きっ!そう、再びイライくんに視線を向けて顔を赤らめながら彼に飛び着いた。イライくんの首の後ろに腕を回してぎゅうぎゅうと力を込めて。満足するまで抱きしめた後、そのまま顔を上げてちゅ、と眠っているイライくんの人形に唇を寄せた。いつも私を気に掛けてくれるイライくん。ピンチにはかけつけて助けてくれるイライくん。そんな優しい貴方が、私はずっとずっと好きでした。勇気が出ない臆病な私だから、今はまだ面と向かってそんな事言えないしこんな事も出来ないけれど。好き。その想いを込めてぐっと深く唇を押し当てていると、突然私の背中に何かが回ってきて。ぐっと引き寄せられたのにビクリとした。ええっ!?なになになに、


咄嗟に離れようとするけど力が強くて失敗に終わる。追い討ちを掛けるように、棺桶の中のイライくんが私の方にもたれ掛かれるようにして倒れてきて。受け止めきれなかった私はそのままイライくんごと後ろへと雪崩れこんだ。あいた、た。打ち付けた所が痛くてじんじんする。一体何が起きたのか、状況を理解する前に目の前でイライくんがのっそり浅く起き上がったのでサーっと血の気が引いた。押し倒された形のまま、イライくんがポカンと困惑した顔で私を見下ろしていて目が逸らせない。そっか、イライくん、捕まっちゃったんだ…。そうだよね驚くよね、目が覚めたらキスされてたなんて、逆白雪姫かよ!って思うもんね。私もそう思う。


「うあっ、あの、これは、!」


青くなればいいのか赤くなればいいのか、自業自得すぎて言い訳も出来ずで涙目になっていると、イライくんがはっとしたように素早く起き上がって私の腕をぐっと強く引いた。「…?イライくん?」どうやら、棺桶の場所を察知したらしいハンターさんがこっちに向かってきているらしい。イライくんが私の手を握ったまま着いてくるように促すので一緒になって走り出す。

イライくんはイライくんで、私がイライくんが棺桶から出てきたら直ぐ治療出来るように待機してた所を押し倒してキスしてしまったのと勘違いしているようで、ありがとうとごめんを同時に言われたのに胸が罪悪感でいっぱいになった。ち、違うの。違うんだよイライくん。私そんなにいい子じゃない。イライくんが自分を責める事も私に恩を感じているのも間違っているし、寧ろ謝らなくちゃいけないのは私の方なのに、


「っ…ごめんなさい!イライくん、」


チクチクとする胸の痛みと自分の罪に耐えられなくなって、私は迷った挙句イライくんの手を振りほどいた。少し驚いた顔で私を見やるイライくんに背を向けて、早く逃げて!と声を上げる。そのタイミングでけたたましいサイレン音が鳴り響いて身体がふっと軽くなった。目の前には瞳を真っ赤に光らせるリッパーさん。ふわああ怖いいいい!正直ガクブル震えが止まらなかったけどここで逃げる訳にはいかない。

棺桶で眠るお人形のイライくんになら何をしても許されるとか思ってしまったんです本当にごめんなさい。せめてもの罪滅ぼしに私はここで生贄になります。少しでも時間を稼げるように頑張るね。だから皆は逃げて、リッパーさんは私を現行犯の罪で裁いて。空に打ち上げられると共に懺悔するから。そう思うのに。





「ひええっ!もうダメぇ…!」


少しは時間稼ぎになったのだろうか。すぐ後ろまで迫っているリッパーさんに攻撃を喰らう覚悟をして泣きそうになっていると、不意に梟の鳴き声がして耳元で弾けた。そのままぐいと引っ張られてゲートまで誘導されるように連れて行かれる。私の前を走る彼の姿に視界がぐにゃりと歪んだ。


「もっ、イライくん、」


逃げてって言ったのにぃ。ポロポロと、ついに泣き出してしまう私の手を取ってゲートまで走るイライくんにまた胸の奥がきゅっと苦しくなった。



20190212

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