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□ポカポカの陽だまりみたいな人
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英語が堪能な友達に面白いゲームがあると誘われて荘園にやって来た。これのどこが面白いゲームなんだと、開始早々ピエロに追い掛け回された瞬間に私は不安の色を滲ませながらただ逃げ回った。そしてものの数分で空へと打ち上げられた。こんなサバイバルゲーだって知ってたら絶対参加なんてしなかったのに。友達とはぐれた挙句毎日死にものぐるいでゲームに参加している今となっては、どう後悔しても遅い訳で。英語力が壊滅的な私は皆とコミュニケーションを取る事も出来なくて。…しんどい。


今日もボロボロになって帰ってくるとエミリーさんが手際よく傷の手当てをしてくれた。みんな私が英語を話せないのを知っているから、話を振ってくる事もないけれど。それまで淡々と治療をしてくれていたエミリーさんは私の頬にガーゼを貼ると、優しい手付きで触れながら何か言葉を発した。


「…ソーリー」


やっぱり聞き取れなくて申し訳なさそうに首を振る。エミリーさんが苦笑いを浮かべながら立ち上がった。薬箱を手に行ってしまった彼女の姿が見えなくなってから、それまで耐えていた物が一気にぶわっと込み上げてくるので堪らなくなる。さっきまでエミリーさんが触れていた箇所にそっと手を置くと、今になって傷がじんじんと熱くなった気がした。う、いたい。

こんなに怪我をして痛い思いをするのは初めてだった。あんな風に追いかけ回されて怖い思いをするのも、誰とも言葉を交わせず独りになるのも、全部全部始めての事で。得体の知れない恐怖と寂しさにボロボロと涙が溢れて止まらない。喉を引きつらせて泣きながら、抱えた膝に顔をうずめた。ダメだよ、泣くならせめて部屋に戻ってからじゃないと。ここだと人目につきやすいし、誰かに見つかっちゃう。そう思うのに、身体はガチガチに凍り付いてしまったみたいに動かない。


せめて泣き声を抑えなくちゃ。そう思ってスンスン鼻をすすりながら泣いていると、微かに足音の近づく音が聞こえて思わず身構えた。その足音はやがて私の目の前で止まって。少しだけ顔を上げて足元だけでも盗み見ようとしていた所に、ポスンと頭に帽子を載せられた感覚がしてビクリと跳ねる。誰だろう…。ツバがついてるからピアソンさんではないと思う。結構サイズが大きいからエマさんでもないだろうし。でも涙でぐしゃぐしゃの顔を見られたくなくて俯いたままでいると、その人が私の隣に腰かけた気配がした。さすがに誰なのか気になって、目元の涙を拭ってから恐る恐る顔を上げてその人を一瞥する。

真っ直ぐと前を向いたまま微動だにしないカヴィンさん。つい彼の横顔を見過ぎてしまっていると、不意にカヴィンさんの視線が私を捉えたので慌てて顔を逸らした。う、泣き腫らした酷い顔を見られてしまった…


カヴィンさんは凄く優しくて気の利く紳士だ。ゲームで一緒になるといつも私の事を気にかけてくれる。一緒に暗号機を回しているとぺたぺたスタンプを貼ってくれるし、再会する度に親指を立てて笑ってくれるのだ。初めてハンターに追いかけ回されてからすっかりあのピエロがトラウマになってしまって、ピエロを一目見ただけでガチガチに固まって動けなくなった私を縄で引き寄せては、担ぎながら逃げ回ってくれたカヴィンさん。言葉は通じなくても、カヴィンさんといると何だか安心した。


それはゲーム外の時間も同じで、今だってトントン、と子供を優しくあやすみたく私の背中を叩くので、また胸の奥が熱くなって涙が溢れた。まさか再び泣き出してしまうとは思っていなかったらしい。カヴィンさんがあたふたしながら両手を浮かせて困惑の色を見せる。


「Please, don’t cry pretty girl 」


カヴィンさんの低くて落ち着いた声が、耳を抜けてじんわりと脳髄に浸透していく。そしてビックリするくらいの優しい手付きで涙をそっと拭われた。すごい、なんかカヴィンさんが王子様みたいに見えた。

カヴィンさんはそのまま何かを思いついたようにはっと明るく笑って。私の前に立ったので軽く小首を傾げる。たんたんと、カヴィンさんが歌を口ずさみながら左右にステップを踏んで踊り出したのに、私は一瞬目を丸めてポカンとしながら見つめていた。この前エミリーさんやウィラさんが優雅に踊っていたのを遠巻きに見ていたけど、それとは全然違う種類の陽気なダンスに思わず小さく笑ってしまう。くるっと一回転したかと思うと、極め付けにヒーハーっとか声を上げるから。


「ふふっ、やだ、カヴィンさんおかしっ」


そのダンス面白すぎる。可笑しさに耐えきれなくなってクスクス声に出しながら笑うと、カヴィンさんもつられたようにクツクツと喉の奥で笑った。やっぱりカヴィンさんと一緒にいると安心する。さっきまであんなに不安で寒く感じたのに、今はなんだかポカポカと暖かい。カヴィンさんは何だか春先の陽だまりみたいな人だなぁと思った。

涙もすっかり引っ込んだので、ありがとうの気持ちを込めて「テンキュー」とお礼を述べる。にっと眩しく笑うなり、カヴィンさんはいつもハンターに追われてる時と同じように私を抱き抱えたので、ビックリしてきゃあ!と声を上げてしまった。


「ちょ、カヴィンさんっ!速い、速いです!」


通じないと分かってはいるけど、そう叫ばずにはいられない。キョトンと首を傾げながらビュンっと中々速いスピードで走り回るカヴィンさんに、振り落とされないようキャッキャと笑いながらしがみ付いた。



20190227

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