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□セクハラ娘とハンター達
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断罪狩人には手を出せない


今日はなんとなく協力狩りの気分だったのでそっちに参加してみる。ダブハンだとさすがに勝ちを取りにいくのすら厳しくなるけど、勝ち負け関係なく皆でわちゃわちゃするのが楽しいから別にいいのだ。


「あ、無常さんじゃないですか久しぶりー」


真っ直ぐ近くの暗号機へ向かうと早速謝必安と鉢合わせしてそう声をかける。すると露骨に顔を顰められた。うんうん、これが普通の反応なのよ。前回のジョーカーを思い出しながらいつものように笑顔で謝必安に飛び付こうとしたら、その瞬間傘で溶けて遠くへ行ってしまったのであっ!と声を上げて追い掛ける。開始早々入れ替わるとは思っていなかったのか、范無咎が出て来るなりキョトンとした様子だったので後ろからバッグハグを決めてやると驚いたように振り返った。そしてわたしの顔を見るなり喉を引きつらせて振りほどこうと暴れ出す。


「ふっふっふ、今傘使ったばっかりだからね、次の交代まで時間あるでしょ?」


そう図星をつくと范無咎がピクピク眉を引攣らせて反応を見せた。いっつも傘移動で白になったり黒になったり、わたしの押し付け合いをしながらあっちこっちへ素早く移動して上手く逃げ回る2人。でも今日は出会うのが早かったからわたしの方が優勢だ。もし范無咎が状況を理解していたらまたすぐに撒かれていたと思う。

憎たらしい程に細い腰にぎゅうぎゅうと抱き着いて、スカートの様に広がっている裾をペロンと捲ると范無咎の傘が飛んできた。すいっと避けると舌打ちされた挙句睨まれる。やん、怖い。范無咎も割と隙あらば攻撃を仕掛けてくる方だよなぁ。ただそこまでわたしに執着もしないし、逃げるの優先だからジョーカーよりは賢い。…あっ、でもわたしは粘着質なジョーカー好きだよ!とか謎のフォローをしつつ、范無咎の前ボタンをさり気なく外していると見事にバレた。そしてそのまま思い切り爪を立てられたのに表情を歪める。


「いっ、た!ちょっと、傷になったらどうしてくれるのっ」


知るか!って、まるで火でも吹き出しそうな勢いだった。ていうか今の本当に痛かった。見てみると綺麗にくっきら血が滲んでいてうわと思う。酷いなぁ。まだスカート捲りとボタン外しただけで脱がした訳じゃないのに…。ほんとに脱がすぞ。とか機会を狙っていた所に、ブンブンと鎖を振り回す音が近くで聞こえてはっとした。すぐさま音のする方を見てみると、案の定トレイシーちゃんにチェーンフックをかまそうとしているベインさんの姿。瞬時に私の心臓が高鳴り出す。


「范無咎またね!」


雑に范無咎とお別れをしてベインさんの元へと走り出した。突然置き去りにされて驚いたのか、范無咎はパチクリと目を丸めて暫くわたしを見つめていたけれど、わたしはその視線に気がつくことなく「ベインさん!」と彼の名前を呼ぶ。余所見をしたベインさんのフックがトレイシーちゃんの真横ギリギリに飛んでいったので内心ひええ!となった。あ、危なかった…トレイシーちゃんには今のうちに逃げて欲しいなぁ。でもこっちのゾーンには范無咎もいるから気を付けてね。

パタパタ駆け寄ると大きく手を広げてベインさんが迎え入れてくれる。少し遠慮がちに抱き着くなり、ベインさんはわたしをしっかりと抱き留めたままクルクルと回り出すので思わずキャアと笑い声が溢れた。ふわっとした浮遊感が何だか楽しくて、もっともっときつくベインさんを抱き締める。


「ベインさんっ、…会いたかった、です」


そうおずおず本音を伝えるとベインさんが同意するように頷いてくれるので可愛い。可愛すぎて胸がドキドキ煩い。唐突ながら、わたしは、ベインさんが好きだ。ハンターの中で一番好き。可愛くて愛しい。え、セクハラ?そんな嫌われるような事ぜっ、たい出来ないし他のハンターにセクハラしてるなんてドン引き案件絶対にバレてはいけない…。だから范無咎はいつもわたしに邪魔されて出来ないサバイバー狩にでも集中してくれると嬉しかったんだけど。キャッキャうふふ。ベインさんと楽しそうに、しかも健全に接するわたしを、すぐ近くで范無咎が不審なものを見るような目でじっと凝視している。誰だお前は…って、そう言いたいのは分かるけどそんな顔で見ないでくれ。これは目を合わせたら終わりだと悟って、わたしは目の前のベインさんだけを見つめてエヘヘと笑みをこぼした。


「ベインさん、いつもと違う衣装だ。いいね、凄くカッコいい」


そう褒めるとベインさんは照れたようにふいっと視線を外すのでやっぱり可愛い。うあああ、思わず悶えてしまいそうな程可愛い。「…わたしももう少し可愛いお洋服着てくれば良かったなぁ」泥で汚れると思って無難な服装で来てしまった事に少し後悔していると、ベインさんがブンブンと首を振って突然わたしを抱き上げたのでわあと声を上げながら彼の首辺りに手を付いた。


「ベインさん…?」


わたしのシャツに触れた後、大きな指でオッケーマークを作るベインさん。それは、どんな服装でも可愛いって事?これ間違ってたら恥ずかしいな…というのは声に出してから気が付いた。でもベインさんが間髪いれずに頷いたので顔がかーっと熱くなる。


「…あ、ありがとう」


照れて俯くわたしの頭を優しい手付きで撫でて、顔を摺り寄せるなり頬ずりをしてきたベインさん。フワフワの毛並みが凄く気持ちよくて、ベインさんの首元で柔らかく手を動かすと擽ったそうに身を捩られた。んへへ、幸せ…。そんな満足感に包まれながらフワフワ笑っていた所にふと、ベインさんの視線がわたしの手の甲へと落ちる。じんわりと血の滲む引っ掻き傷に気が付くなり、ベインさんはどこか焦ったようにわたしの顔と傷とを交互に見るので、思わず言葉に詰まってしまった。


「あー、えっと、ね、板に引っ掛けちゃって」


ちょっと苦しい言い訳だったかもしれない。だけど本当の事を言うのも気が引けて咄嗟に嘘をついた。「でも痛くないし大丈夫!」心配してくれてありがとうと、そのまま勢いでベインさんの鼻先に唇を寄せて触れるだけのキスをすると、ベインさんが恥ずかしそうにあたふたし出したのでわたしの胸もむずむずとした羞恥心に襲われた。かわいい、ベインさんが可愛すぎて辛い。どうしてこんなに可愛いの。もう一度抱きつこうとした所にガツンと、後頭部にはっきりとした痛みを感じて一瞬思考回路が飛んだ。い、いいった…!何事!?反射的に後ろを振り向くと傘をぶん回す范無咎がいて呆気に取られた。えっ、まだいたの、ていうか見られていたの。これはこれで地獄…。

多分、日頃の恨みを晴らす絶好のチャンスだと思われたんだと思う。わたしがこんなに隙だらけなのはベインさんといる時くらいだから。そう考察したのだけれど。わたしを殴ったというのに范無咎はどこかイライラとした様子でわたしを睨みつけているのでその推理はイマイチ釈然としない。どうしたんだろう、殴り足りないのかな。あり得る。殴られた箇所に手を当てながら范無咎をじっと見つめていると、不意にベインさんがグーで范無咎の顔面にパンチを入れたのでこれまたギョッとしてしまう。


「わっ、わあっ!ベインさんっ、落ち着いて!」


顔を抑えながらよろよろと、范無咎が態勢を整えるなりその鋭い眼光をベインさんに移した。ベインさんはわたしを范無咎から庇うように立って、ピリピリとした空気がまとわり付くのに居心地の悪さを感じとる。


「…ふんっ」


少しの無言が続いた後、范無咎が鼻を鳴らして勢いよくわたし達に背を向けた。そのまま長い三つ編みを揺らしながら行ってしまったので結局よく分からない。まぁ、ぐっと堪えて殴り合いになるのを避けてくれたのかもしれないな…と悟って考え込む。ベインさんのグーパン、痛そうだった。大丈夫かな…。でもベインさんがわたしの身を心配してくれたの嬉しすぎる〜っ。脳内でセルフリピートしながら悶えていると、目の前でベインさんがチェーンフックを使ってナワーブくんを引き寄せるのでビックリしてしまう。


「ベインさんっ!?」


思わず声を上げて驚愕するわたしと、突然のフックを食らって状況を掴めていないナワーブくん。どうやらわたしの傷を治させる為に呼んだらしい。威嚇しながら命令を下すベインさんに、ナワーブくんがビクビクしながら傷の手当てをしてくれた。巻き添えを食らわせちゃってごめんねナワーブくん。わたしの手当てが終わったらすぐナワーブくんも回復してあげるからね…。


「…これはサバイバーを捕まえるゲームだから、范無咎は呑気にしてるわたし達を見てイライラしちゃったのかも。でもそれが正しい事だから、あんまり范無咎の事怒らないであげてね」


これで2人の仲が悪くのは嫌だなぁと思ってそう苦笑いで話すと、ベインさんは不満気にしながらふいと外方を向いてしまう。でも、やっぱりわたしを一番に気にかけてくれるベインさんの優しさに嬉しくなって、胸の内側が甘酸っぱく疼いた。



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