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□セクハラ娘とハンター達
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セクハラをして欲しいリッパー


「ありゃあ、また無常さんじゃないですか」


近くで仲間がやられていると思って来てみれば、范無咎がいつも通り傘をくるくると回してフレディさんを虐めていた。因みに今日もまた協力狩りである。范無咎はわたしの姿を見るなり僅かに唇を噛んであからさまに目を逸らした。そしていつも通り謝必安と入れ替わって、出てきた方はうわと顔を顰めるのだ。


「前から思ってたけどその顔は失礼じゃない?って、あっこら!まだ話してる途中なのに!」


あと一発殴ればダウンのフレディさんも潔く諦めて、謝必安はすいーっと別の暗号機へと向かうのですぐに走って追い掛ける。見つければすぐにあしらおうとする范無咎に比べて、謝必安はわたしをガン無視する事が多い。見えてません聴こえてませんサヨウナラって感じで。しかも足も速いからすぐに撒かれてしまう。ふっふっふ、でも今日は素晴らしいアイテムを持ってきているのだ。じゃーん!ラグビーボール。これを使えばほら、一瞬で追いついちゃうのである。


「あうっ」


止まる時に一々顔面を障害物にぶつけて痛い思いをしてしまうのが玉に瑕だけど。取り敢えず謝必安の元に辿り着く事に成功。既に次の獲物をエミリーちゃんに定めていた謝必安に飛びつくと案の定、驚愕半分呆れ半分な顔でわたしを見るのでしてやったり顔で微笑んだ。


「よそ見しちゃやだぁ」


お腹から胸元にかけて手を往復させると分かりやすくゾワゾワ悪寒を走らせて。ペシンとわたしの手をひっぱたく謝必安。だけどそんなに力は強くないしあまり痛みもなかった。シカトにガン無視はしても、いざこうしてちょっかいを掛けると、無理やり引き剥がそうとはしないのが謝必安だ。頭を抱えながらはぁだなんて悩ましそうにため息を吐く謝必安の両手を取って貝殻繋ぎにする。そのままキャッキャとはしゃいでじゃれ付いていると、突然後ろからヘアっ!と霧の刃が飛んで来るのでビックリした。驚きすぎて心臓がドキドキしている…

わたしの頭上ギリギリで、謝必安が傘を翻して攻撃を回避する。狙われていたのは間違いなくサバイバーのわたしではなく謝必安の方で、切れ長の瞳を更に細めて謝必安がリッパーさんを睨みつけた。そっか、もう一人のハンターはリッパーさんだったか…。


至極イライラした様子のリッパーさんが地団駄を踏んで、仲良く繋がれているわたしと謝必安の手を指差す。シャ〜っ!て威嚇する姿が少し猫のように見えた。それは何だー!って?「えぇ?いや、うーん…」いざそうやって指摘されるとちょっと恥ずかしくなってしまうな…。言葉を濁してよそよそしく視線を逸らすと、リッパーさんが続け様に自身を差してWhy…!と頭を大きく横に振って嘆くのでまた唸ってしまう。実はわたし、リッパーさんにはセクハラをしていない。寧ろ極力避けるようにしている。何で、って…


「…謝必安、ちゅ〜!」


実際に見せた方が早いと思って、謝必安の服を引っ張って背伸びしながらチューをせがむと心底嫌そうな顔でしっしっと拒否された。それに反してリッパーさんはショックでも受けたみたいに悲鳴を上げて硬直していて、ムンクの叫びみたいな事になってるよって突っ込みたくなる。


「ほら、それだよリッパーさん。謝必安はこうして嫌がるけど、リッパーさんは逆にウェルカムって感じだから…」


こういうのは一方通行だから意味があるというか、リッパーさんにセクハラすると喜ばれてしまうから何か違うなって思うのだ。そう告げるとリッパーさんはぐぬぬと呻き声を上げて、何やらブンブンとエアチェーンクローをし出すのでついポカンと見つめてしまう。もしかしなくてもそれはベインさんの物真似だろうか。あんまり似てないけど、必死にわたしに伝えようとする姿がちょっと可愛かった…。不覚。うぅん、ベインさんは何で許されるんだって訴えたいんだろうなぁ。


「ベインさんは、特別だから…」


真っ直ぐとリッパーさんの目を見つめながらそう言い切った。あ、なんか言葉にすると少し照れてしまう、かもしれない。なんとなくむず痒くなって謝必安にしがみ付いたまま顔を埋める。てっきり静かに振りほどかれると思ってたのに、謝必安の方も意外そうな顔でわたしをじっと見つめていたので羞恥心が増した気がした。一方のリッパーさんがヒステリックに叫んでご乱心だったので、わたしは一度謝必安から離れて距離を取る。


「…もしかしてリッパーさん、Mなの?」


恐る恐る今までずっと抱えていた疑念をぶつけるとこれまた勢いよく顔を左右へと振るのであれれとなった。なんだ、違うの?じゃあどうしてそんなにセクハラを欲しがるの…。リッパーさんの心が分からない。うーん!と唸って必死に考え込んでいると、リッパーさんがご機嫌斜めのままその辺にあった板に鉤爪で何か文字を彫り出したので覗き込んでみる。ジャック、そう書かれているのはリッパーさんのお名前で疑問符が増えた。


「これは…リッパーさんの名前だねぇ」


リッパーさんがこくこくと頷いて、そのまま長くて鋭い鉤爪がすっと謝必安を指差すので、よく分からないまま「謝必安?」と名前を紡いでみる。当の謝必安も不思議そうに小首を傾げてリッパーさんの奇行を見つめていた。リッパーさんはもう一度うんうんと頷くなり、もう一度エアチェーンクローをし出したのでつい笑ってしまいそうになる。


「えーと、ベインさん」


すっ、と、今度は頷く間もなくリッパーさんが自身を指差した。


「リッパーさん」


ヘアっー!て、イライラを吹き飛ばすかのように霧の刃が空へ向かって飛んでいくのをどこか他人事のように見ていた。うわぁ…。あれ、でもそういえばわたしリッパーさんだけ名前で呼んでないな。っていうのには今の騒動でやっと気がついて。「だってリッパーさんはリッパーさんですし」と言うと、リッパーさんは何かが崩れたかのようにブルブルと震えだしたので流石に少しだけビビった。


「あの、リッパーさん、怒ってる?」


その問いにはぶんぶん勢いよく首を横へ振ってくれたので取り敢えずほぅと一安心する。「じゃあ悲しいの?」今度は頼りなくコクリと頷いたリッパーさん。他のハンターにはべたべたスキンシップと言う名のセクハラをしているのに、リッパーさんだけ除け者にされてわたしと距離が遠いのが寂しいのかもしれないとまで考えて悩んでしまった。なんなのリッパーさん、構ってちゃんなの!?ちょっと可愛いじゃない…


初めてリッパーさんと出会った時の、霧の刃をギリギリで避けまくって抱きついたあの時のリッパーさんの反応を、わたしは今でもしっかりと覚えている。反射的に殴られる事も想定してすぐ動けるようにしていたけれど、リッパーさんはピクリとも動かないので逆に焦った。まるで時が止まったみたいに。リッパーさんはわたしに抱き締められたままただじっとわたしを見つめ返す。

それは今までのハンター達とは明らかにケースが違くてわたしを困惑させた。なんか、彼にはセクハラしてはいけない気がする…。わたしを受け止めようとしてくれる姿がベインさんと被って見えて、余計にその気持ちが強くなった。


「…リッパーさん、わたしやっぱりリッパーさんにセクハラは出来ないよ」


それは今も変わらない。だからそうキッパリとリッパーさんに告げてみると、リッパーさんは諦めたようにわたしから視線を逸らして俯いた。その横顔はどこか寂しそうで、チクリと胸が小さく痛んだ気がした。「…でも、」言いながら一歩リッパーさんに歩み寄る。リッパーさんがおもむろにわたしの顔を見て小さく息を飲んだ。


「リッパーさんにはセクハラなんてしなくても、わたしに構ってくれるって分かったから」


仲良くしようよ。そしたらわたしもこれからはリッパーさんに煩いくらい構うよ。そう右手を差し出してリッパーさんに明るく笑いかける。ワンテンポ遅れて、リッパーさんがおずおずと手を伸ばしてわたしの手を取ろうとした刹那、謝必安がベシンと勢いよくリッパーさんの手を叩いたのに驚いてつい謝必安の顔を見上げた。空を切るような乾いた音が、結構な力で叩いた事を証明している。

無常さんは容赦なく鯖狩派だから、サバイバーと和解するなんてふざけるなって思っているのかもしれない…。確かに、そんな謝必安の前でする話じゃなかったなって反省している。しかも個人戦ならともかくここは協力狩りの場だし、この状況二回目だし…。これは完全にわたしの配慮不足だ。嫌な思いさせてごめんね謝必安…。だからそんな風にお互い火花を散らして睨み合わないで!このビリビリした嫌な空気この前も感じたよ、デジャヴだよ…


「待ってリッパーさん!落ち着いて、確かにこれは協力狩りだし謝必安が怒るのも当たり前だと思う。だから協力狩りでは容赦なくガンガン殴りに来ていいよ。わたし全然避けるし。謝必安も、協力狩りなのにごめんね。ハンターを味方につけるのは違うなってわたしも思うから…今日はわたしを思う存分殴って吊るなりケバブするなり泥ぶつけるなりしていいよ」


今にも謝必安に飛び掛かりそうなリッパーさんを慌てて止めに入ってそう説得してみる。暗号機が大分終わっているのが余計に申し訳ない。わたしの身を捧げて謝必安の気が済むのなら全然引き受けるし、いつものセクハラの分も込みで今日はとことん憂さ晴らしに付き合おうと思った。さぁ謝必安…。


「わたしを好きにしていいよ」


オモチャになる覚悟を決めてそう謝必安に向き直る。ごくりと謝必安の喉が僅かに上下した気がした。そうだよね、こんなチャンス早々無いもんね。いいよ、范無咎と代わり番こでわたしを虐めて楽しみなよ。わたしもいつも皆にセクハラしてからかってたんだからこれでおあいこだもん。

諦めて微笑混じりに俯くと、リッパーさんのタメ技が謝必安の脳天にクリーンヒットしたので突然の事態に身体が大きく跳ね上がった。び、ビックリしたっ。もう今日は攻撃が飛び交いすぎてて心臓が持たない。というかリッパーさんなんて事を…!折角事が穏便に収まりそうだったのにまた空気が不穏に戻りつつある…!


「リッパーさん、あの、心配してくれるのは有り難いんだけど…、ああっ!待って謝必安、」


わたわたと止めるわたしの言葉も虚しく、ついに張り詰めていた糸が切れたように2人の攻防戦が始まる。「落ち着いて二人ともーっ!」そう張り上げた声が、暗号機通電を知らせるサイレン音に掻き消されて更に頭が重くなった。



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