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□等身ドールに注いだ愛よ
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「ねぇねぇイソップくん、私もナワーブくんのお人形さん欲しい」


イソップくんの部屋の椅子に腰掛けて。彼の読み掛けであろう本を適当にパラパラと捲りながらそんな突拍子も無い事を言った。イソップくんは化粧道具の手入れをしていた手を一旦止めると、訝しげな顔をして私を見やる。じとっと向けられた視線に気が付いて私も本から顔を上げればおもむろに目が合った。一体何に使うのかっていうのは愚問だと思うんだけど。イソップくんの疑いの眼差しが強いのでうーんと軽く唸って手を顎に添える。


「イソップくんはないの?好きな子に模したお人形さん相手にしたい事」


思い当たる節があるのか。イソップくんはじわじわと顔を赤らめてさっと勢いよく私から視線を逸らすので内心安堵の息を吐いた。良かった〜、最悪ドン引きされるかもと割とドキドキしていたから助かった。


「まぁまぁ、そんな慌てないで。そう思うのはイソップくんだけじゃないから大丈夫だよ」


私なりにフォローしたつもりだったんだけど。イソップくんは化粧箱の中身を弄りながらも再度わたしをジト目で睨みつけるので、空笑いを零して頬杖をつく。


「え〜、…ダメ?」


ちょこんと小首を傾げて訊ねればあざといと躱されてしまう。確かに、これがエマちゃんみたく愛嬌があって可愛らしい女の子だったらもっと効果があったのかもしれない。うーん、惜しい。


「でもイソップくんが駄目だって言うんなら仕方ないかぁ」


諦めてパタンと本を閉じる。けれど結局私がナワーブくん人形で何をしようとしていたのかが気になるのか、イソップくんはチラチラと私に視線を飛ばすので「多分イソップくんの想像してる通りだと思うけど」と教えてあげた。びくりと、イソップくんがわかりやすく肩を跳ねさせて辿々しく俯いては黙り込む。…まぁ、そうだなぁ、私だったら好きな人に扮したお人形さん相手にまずはチュ、ってして次にギュってして、抱き枕にしたいし本人に直接言えない分好きですって言って自己満足したい。これを言ったら今度こそドン引きされてしまうだろうから言わないけどさぁ。逆にイソップくんは好きな子のお人形さんでどんな事してるんだろう。気になって想像してみるものの、好奇心と同時にチクチクとした痛みも生じて苦々しくなったので考えない事にした。


「…イソップくんはどうしてそんなに嫌がるの?」


イソップくんには何のマイナスにもならないはず。それとも、仲間を売るみたいで嫌なのだろうか…。そうぼんやり推理する私を傍目に、イソップくんはまた手を止めながら伏目がちにじっと化粧箱の中身を見つめた。…まぁ、ナワーブくん人形じゃなくて本当はイソップくんのお人形さんが欲しいんだけど、とは口が裂けても言えない。試しに、私がサバイバーの誰かの人形が欲しいと言ったらイソップくんはどんな反応をするのかと思って口を出たのが発端だったけれど。大本命の彼の名を言わなくて良かったと心底思った。ナワーブくんでも大分ギリギリ…、これは最早嫌われる寸前じゃないのか…。

でも欲しいじゃん!好きな人のリアル抱き枕、欲しいじゃん。これで好きになったのが本当にナワーブくんとかだったら何でもするからお願い!って見苦しい位にイソップくんに付きまとってお願いしていたと思う。


「…?イソップくん?」


突然、化粧箱を持ったイソップくんが静かに立ち上がるので驚いた。どうしたの?訊ねる前にイソップくんはチャコールグレーのドールの前へと立って。淡々とメイクをし出すので呆気に取られる。丁寧に触れながら素早くお化粧を施していくイソップくん。さすが職人さんだ。あっという間にナワーブくんの写し人形が出来上がったのに、思わず感嘆を漏らして近づいた。


「凄い、ナワーブくんだ…」


そっとナワーブくんのフードをズラして彼の顔を覗き込む。一見、瞳を伏せて眠っているように見えるけど。本当にお人形さんなんだなぁ。そっと触れてみた頬はひんやりと冷たくて何の反応も無い。


「…くれるの?」


おずおずとイソップくんに聞いてみると、彼は目を泳がせながら挙動不審に頷いた。…イソップくん、優しい。ありがとうとお礼を述べると、何故かイソップくんは眉を顰めながらふいと顔を逸らすので疑問に思う。描いてはくれたけど、やっぱりイソップくんからしたら気乗りしない話だったのかもしれない。こっそりと溜息を吐いてもう一度ナワーブくんへと視線を戻した。

ナワーブくん人形の、ダランと重力に従って垂れる手を何気なく取ってそっと握り締めてみる。もちろん握り返されるとかは無いんだけど。私の熱がじんわりとお人形さんに伝わって。ナワーブくんの手に少しずつ温もりが移っていくのがなんだか面白くて、自然と口角が緩んだ。そのまま独特の感触を楽しむようにニギニギとして遊んでいると、不意にイソップくんに名前を呼ばれたのでそちらを向く。

なに?と、紡ごうとした言葉は口内で消えてしまった。イソップくんの整えられた前髪が私の額に当たってしまうくらいお互いの距離が近くて。マスク越しに触れた唇にドキドキと心臓が跳ね回る。私の手首を掴む彼の手からジリジリと焦がれるように熱が広がって、じんわり全身が火照っていく感じがした。


「あぁ、あの、えっと、」


真っ赤になって狼狽する私に、イソップくんは同じく顔を赤くしながらバツが悪そうに顔を背ける。そのままナワーブくん人形を強引に押し付けられたので慌てて受け止めると、あれよあれよと部屋の出口へと押しやられて追い出されてしまったので茫然と固まった。


「…な、何だったんだろう、今の」


マスク越しだったけど、確かに触れ合った唇に手の甲を押し当てながらどぎまぎと考える。イソップくん、ねぇイソップくん。もしかしてイソップくんの好きな人って…、


「っ〜、」


そう思うと胸のときめきが抑えられなくなってジクジクと甘く疼いた。堪らず実寸大あるナワーブくん人形に抱き付いて顔を埋めると、バッドタイミングにもその現場をナワーブくん本人に目撃されてしまい焦る。


「ち、ちがう…違うよ!?これは誤解でっ、」


テンパる私を凝視するナワーブくんは、何処からどう見てもドン引きの表情をしていた。だから違うんだよ〜っ!いや、違うくはないんだけど、そのっ…!私の弁明は果たして、彼らにきちんと届くのだろうか。



20190415

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