other2

□牡丹色のバラード
1ページ/1ページ




いつもサバイバーを憂いのある表情で見つめて殴る、その哀愁に釘付けになり、視線が逸らせなかった。最後の一人になってしまいサバイバーの負けが確定すると、彼女は決まってこう訊ねた。


「ね、どうする?キミだけ逃してあげようか。それとも、皆と同じように吊って欲しい?」


彼女の瞳は、冷たいようで温かい。吊られて飛んでいった仲間を他所に、自分だけ助かるだなんて選択肢を選べなくて椅子の前へと跪けば、彼女は儚げに笑いながらそうと零した。


「キミは仲間思いのいい子だね」


そう囁く声は柔らかかった。確かにダウンするまで殴られたハズだが、あまり痛くなかったのを不思議に思う。「ごめんね」だなんて、彼女が謝る必要性など無かっただろうに。彼女の表情が、声が、目や耳に焼き付いて離れない。その日から俺の中で、彼女は気になる人になっていた。

そんな気になる人と協力狩りで再会した時は、正直ラッキーだなとも思った。洒落た服を着てきて良かったとか、柄にもなくそんな事を思う自分に笑ってしまう。ゲームの合間に見つけた花を送れば彼女はふんわりと愛らしく笑って、そんな彼女の方が花みたいで胸の奥がきゅ、となった。心臓がドキドキするのは、きっと彼女がハンターだからというだけでは無い。次はもっときちんとした花束を送ってあげたい、そう思った。


しかし至福の時はそう長くは続かない。容赦なく銃を撃つ仲間に心臓が嫌な音を立てて脈打つ。止めろ、やめてくれ、張り上げた声が仲間に届く事なく、無理やり伸ばした手が届く事もなく…。結局彼女の事を守ったのは彼女の相方である白黒無常で、言いようのない悔しさと苛立ちが胸の中で燻ってもどかしい。どうして、彼女があんなにも攻撃を受けなければならなかったのか。俺を逃がそうとしてくれた、優しくて可憐な人なのに…。結果ボロボロになってしまった彼女の姿と悲しそうな表情を思い出して苦々しくなる。もし次に会えたら謝らなくては。仲間の分も、俺がしっかり謝罪しよう。そう思っていたのに、久方振りに会うなり彼女は俺に背を向けて、逃げるように逆方向へと行ってしまうのでガーンとなる。正直ショックだった…

だって目すら合わせて貰えなかったし…。き、嫌われた。間違いなく完全に、嫌われてしまった…!まるで金槌かなんかで頭を叩かれているような気分だ。辛い…。いや、傷心している場合じゃない、か。許してくれとは言わないが、せめてきちんと謝罪をさせては貰えないだろうかと思い直し、俺はぐっと顔を上げ走り出した。例えこれが最後になってでも、俺は君と話しがしたい。



「っ、待って!逃げないでくれよ!」


しかし俺の姿を遠目に見つけるなり、それまでしていたチェイスも放棄して兎に角俺と距離を置こうとするから参ってしまう。そ、そんなに俺が嫌なのか…!でもここで折れる訳には行かないと俺も粘るが、ハンターである彼女の方が早いのは当たり前で。マップ内をひたすらグルグルするだけの行為にいい加減疲れてきた。ぜぇぜぇ息を弾ませながら一度止まって息を整える。しかし体力が削られているのは彼女も同じらしい。少し離れた所ではあるが、同様に呼吸を整えようとする彼女によしと息を呑んで、不意打ちを仕掛ける為に肘当てを使って飛び込んだ。案の定、ギョッとしながら再び背を向け走り出そうとしたその手を咄嗟に握り締める。


「や、やめてっ、離して…!」


そう言われたのにまた衝撃を受けてガーンとなる。ショック過ぎてつい手を離してしまいそうになったが、俺はもう一度ギュウと強く手を握り直して彼女の方を見やった。


「…ごめん」


ピクリと、僅かに彼女が身動ぎをして抵抗を止める。


「この前は、ごめん」

「…やだ、どうして傭兵くんが、謝るの」


彼女はやっぱり儚げな、泣きそうな顔で笑っていて、おもむろに俺へと視線を向けた。


「守れなかった。俺がさっさと逃げていれば、あんな事には…」

「…そんな事ないよ。傭兵くんの所為じゃない。それにね、私あの時楽しかったの。傭兵くんとお話出来て、楽しかった」


その柔らかい表情と言葉に自然と俺の口元も綻ぶ。が、ソワソワと落ち着きなくする様子の彼女に気が付いてしまいまた口角がへの字に下がった。「あのさ、俺の事…嫌いになった?」聞かずにはいられなくなってつい率直にそう訊ねる。相変わらずおどおどとしながら、彼女がぎこちなく「どうして…?」と答えた。


「なんか挙動不審だし、隙あらば逃げようとしてるだろう」


未だに手は掴んだままだが、彼女の身体がジリジリと。さっきよりも俺から微妙に遠ざかっている気がして首が垂れる。これでうんとか言われたらどうしよう、ヘコむなんてもんじゃない…とつられてソワソワしていたが、よくよく考えたら優しい彼女がそんなストレートな解答をする訳が無かった。恐らくオブラートに包んではくれるはず。しかし俺の心配とは裏腹に、彼女は焦ったように首を横へ振るなり、ち、違うの!と否定してくれたのに安堵する。その表情を見るに気を遣っているなんて事は無さそうだ。多分本心だろう、たぶん…


「じゃあどうして、」

「…だ、って…これ以上あなたの近くにいたら私、」


ドキドキし過ぎちゃって苦しいんだもん!とか、真っ赤な顔でそう声を張り上げた彼女に一瞬呆気に取られた。え、な、え…、固まって立ち尽くす俺に、彼女はションボリしょげた様子で視線を地面に落とす。


「ハンターがサバイバー相手にドキドキするなんて可笑しいって、分かってるけど…」

「…」

「多分私は、傭兵くんの、事……っ〜!や、やっぱり今の無し!忘れて!」

「なっ!ま、待って、!」


耳まで赤くしながら彼女が俺に背を向け逃げようとするので咄嗟に引き留める。ずっと掴まれたままの腕に彼女はおどおどとしていたが、振り解こうとはしなかったし俺もその手を離したく無いと思った。続きを、その言いかけた言葉の続きを是非聞かせて欲しい。じゃないときっと俺は自惚れてしまう。という気持ちはあったものの、今は彼女の照れた顔を見ているだけで十分だった。俺も多分、君とおんなじ気持ちだ。俺だって凄い心臓がドキドキして苦しいし、その割には離れるのが名残惜しくてもう少し側にいたいとも思う。

彼女の両手を取って向き直るなり、俺はすっとその場に跪き彼女の顔を見上げた。腰に添えていた小さな花束を手にし彼女へ捧げると、彼女は少しだけ面食らったような顔をしてからやんわりと表情を綻ばせる。


「…ふふ、この前よりも増えてる」


この間の、散ってしまった一輪の花を思い出して苦笑いが溢れた。それから、彼女の切なく悲しそうな表情も。次会えたらいつでも渡せるように、毎朝花束を用意して常に腰へと携えながら走り回っていた。協力してくれた庭師のエマには感謝しかない。大切そうに花束を抱えながらはにかんだ、彼女の柔らかい表情に目を奪われる。やっぱり、花よりも愛らしくて可憐に笑うなと思った。そうして暫く見惚れていた後、俺はハッとしたように我に返ってゆっくりと立ち上がる。


「…俺はナワーブ。ナワーブ・サベダー」


この前は伝える事が出来なかった、俺の名前。ナワーブ…そう彼女がおもむろに俺の名を紡ぐ。それだけで心臓の高鳴りがより激しくなるので笑ってしまった。なぁ、次は君の名前を教えてくれよ。そう問い掛けると、彼女は俺の大好きな柔らかい微笑みを浮かべながらコクリと首を縦に振った。



20190714

次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ