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□キミが欲しい
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「いたっ!」
痛い、今のは本当に痛かった。もう何度目か分からないこの行為に、私はどうしようもなくなって重たい息を一つ吐いた。一先ず休もうと両手を離せば、盛大に髪を絡めた金の簪がぶらりと宙吊りになる。これが地毛を下に引っ張ってまた地味に痛い。ああもう、本当にどうしよう。こうなったら誰か人を呼んで取ってもらおうか。しかし今日はお客様が来ているため、女中たちがみな朝から忙しなく働いているのを知っており引き止めるのは気が引けた。出来れば自分だけでなんとかしたかったのだけど…
「はあ、困った」
日向の当たる縁側に腰掛け一人、ポツリと嘆いてから再び再び手を簪まで持ってい髪をほどこうと奮闘する。うう、凄い絡まりっぷりにいよいよ泣きたくなってきた。
「あっれー?姫さまじゃないですか。こんな所で何してるんです?」
「…!半兵衛、」
頭の後ろで腕を組んだ半兵衛が、私の悲惨な髪型を見るなりぷっと小さく吹き出した。私の傍に寄ると、じっくり更に凝視しては手の甲を口に当て笑いをこらえる。
「半兵衛、人の不幸を笑うものではありませんよ」
「すみません。お詫びに取るの手伝いますから、泣かないで下さいよ姫さま」
「泣いてません」
「でも涙目ですよ?」
「もっ、元はといえば半兵衛がっ!」
「あーはいはい」
言葉を遮っては私を宥める半兵衛。納得がいかなかったが、既に半兵衛は私の髪を弄り始めていたので渋々口を閉じる。
「痛かったら言って下さいよー?っと」
柔らかく頭皮に触れた半兵衛との距離が思った以上に近く、自然と肩に力が入った。他愛のない話を持ちかけてくる彼に私は相づちを打ち返事をする。しかし半兵衛が私の耳に触れる度、指先が頬を掠める度に、私の心臓はいちいち跳ねて鼓動の速さが増すのである。ああ、身体が内側から火照るように熱くなっているのは太陽の日射しのせいだろうか。
「うあっ!いた、痛い、半兵衛」
「あ、やっぱり?いやー、此処すんごいこんがらがっちゃってますもん」
んー、どうしようかな…と半兵衛がなにか策を練るような素振りを見せつつ、一度髪をとく動作を止めておもむろに私の頭を撫でるようにして触れた。どくんと一際大きく心臓が揺れる。どうにかなってしまいそうだ。
そんな私の気も知らず、なにかいい案が浮かんだのか私の後ろを回り反対側に移動してきた半兵衛。どうしたのかと疑問に思うよりも早く、半兵衛が「じゃあちょっと失礼しますね?姫さま」と私のことを包み込むようにして抱きかかえてきた。なっ!
「はっ、はははは、はん、べえ!」
「なんです?あ、痛かったですか?」
「いえそうではなく…!この状況は一体っ」
「…あぁ、こっちの方が取りやすいかなー、と思いまして」
私を間に挟んだ状態で再び髪を弄りだした半兵衛。心臓が、爆発する!体が保たない。半兵衛との距離もそうだけどそれ以上に顔が近い!近すぎてああもうどうしよう。
「あっ、ほら、取れましたよ」
幸い、髪から簪が離れたのはそれからすぐの事で、なんとか私の心臓が破裂してしまう事態だけにはならずにすんだ。すっと身を引いた半兵衛にほうと小さく安堵の息をつく。あぁ、良かった。色々な意味で助かった。
「ありがとう、半兵衛。助かりました」
「あっ本当、助かっちゃいました?」
「えぇ、とても」
「では…見返りなどを貰ってもよいでしょうか」
「?えぇ、いいですよ」
何が欲しいのですか?と尋ねようとした私の肩を引き寄せた半兵衛の、口元が、ゆうるりと緩められるのが見て取れたのはほんの一瞬で。先程よりも深く抱き締められていることに、私の思考は一気に停止してしまった。
「は、んべ、見返りならもっとよい物を、」
「やだなぁ、俺は姫さまがいいんです」
姫さま、ずっとここで日の光を浴びていたでしょう?温かくてふわふわですっごい抱き心地がいいんで、暫くこのままでお願いします。なんてくすくす笑った半兵衛に、今度こそ心臓が止まってしまうと思った。
―キミが欲しい―
20130428