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□さよならリトルボーイ
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隣に住んでいるランマくんのお家には、何度か遊びに行った事がある。ご両親は仕事が忙しくて中々家にいないからって。ランマくんが低学年のうちは毎日のように会いに行って毎日のように一緒にご飯を食べたりお風呂に入ったりもしていた。なのに、それが、ランマくんは最近仲のいいお友達が出来たらしくて、そのお友達の家でご飯を食べたりお風呂に入ったりが増えたので私とはぜんっぜん会ってくれていない。思春期なのか、偶然道端で会ってもすぐにふいっと目を逸らされてしまった時はショックすぎて膝から崩れ落ちた。そんなっ、知らないフリをされるだなんて…!お姉ちゃんは寂しいぞ!?

そんな悲しみに打ちひしがれながらも、私はとても意地が悪いのでランマくんの後ろ姿を追いかけてその背中に飛び付く。げっ、と嫌そうな顔をしたランマくんと目が合った。


「無視なんて酷いじゃないかランマくーんっ」

「…別に無視したわけじゃないぜぃ」

「最近全然一緒に遊んでくれないしさぁ」

「一緒に遊ぶって…姉ちゃんいくつだよ!小学生なんかと遊んでて楽しいか?」

「え〜?うん、ランマくんと一緒だったらなんだって楽しいよ」


にこっと笑ってそつ伝えるなり、ポポポっとランマくんの顔が赤くなって分かりやすく照れるから可愛い。それをそのまま言葉にして「可愛いな〜!」と帽子を掻っさらい頭をわしゃわしゃ撫で回すと早速抗議を上げてプンプン怒り出す。


「照れてない!可愛くもない〜っ!顔が赤いのは夕陽のせいだっ!」

「えへへぇ、そっかぁ」

「…!つーか、近いんだよ姉ちゃん!」

「えーっ?」


構わずにぎゅうぎゅうと抱きついていると、どこからか「ランマーっ!」とランマくんを呼ぶ声がした。慌てたようにジタバタし出したランマくんに気が付いて腕を離してあげると、「これっ、忘れ物」と少年が息を弾ませながら一枚のカードを手渡す。


「あっ、いっけね!サンキューな友牙!」


おおう、この少年は見た事があるぞ。最近ランマくんとよく一緒にいる私のライバル(?)じゃないか。でも目がおっきくてクリクリしてて、中々愛嬌のある彼は私の顔を見てきょとんとしたものの、すぐににこっと人懐こい笑顔でこんにちはと笑った。うん、おお、思ったよりも礼儀正しくて可愛いじゃないか…


「じゃあランマ、俺行くな」

「おお!また明日なー」


そうしてパタパタと駆けていく友牙くんの背中を見ながら、ついつい私は「いやぁ、いいねぇ」と呟いてしまう。それにランマくんがぽかんとしながら何が?と首を傾げた。


「友牙くん、睫毛が長くて凄く可愛い」

「…」

「ちょ、そんなドン引きみたいな目で見ないでよ!さすがに傷つく!」

「姉ちゃん、そんなんじゃいつかバディポリスに通報されちゃうぜぃ」

「えー、手厳しいなぁ」

「とか言いながらナチュラルに手を繋ぐんじゃない!腕を絡めるな!」

「あっはっは、いいじゃんいいじゃん」


私は、ランマくんにベタベタし過ぎた時の彼の反応が好きだ。照れた顔をしながら嫌がるその反応が面白くて、ついついからかい過ぎてしまう。繋がった手をぶんぶん振って解こうとするランマくん。その反抗すら何だか愛おしかった。


「…あんまりからかい過ぎると、その内痛い目見るぜぃ」


ポツリと零された言葉に気付いて顔をあげるけど、ランマくんと目が合う事はなく手も振り解かれてしまったのであっと思う。


「ごめんごめん、怒った?」

「怒った、って言ったところで姉ちゃん止めてくれないだろ」

「だってランマくん可愛いんだもの」


その可愛いという言葉すらあんまり嬉しくないようで。ランマくんは唇を尖らせながらふいと顔を逸らして早足で歩き出す。


「待ってよ〜」

「…待ってるから早く帰ろうぜぃ」

「…!うんっ」


ついからかい過ぎて機嫌を損ねてしまっても、こうして待ってくれるランマくんはとっても優しい良い子だ。ランマくんのそういう所が好きだった。けれど、


その日を最後に、私はランマくんと顔を合わせる事がなくなった。元々ランマくんに会う事自体が減ってはいたけど、ランマくんの家に突撃してみても誰もいないようで、かといって外へ出てみてもランマくんとすれ違う事すらなく。隣に住んでるんだから偶然玄関先でバッタリくらいなら今までだって散々あったのに。可笑しいなぁ。そこまで考えてはたと気がつく。もしかして私、やり過ぎた?本当に嫌われちゃった…?

そう考えると一気に血の気がさあっと引いて居ても立っても居られなくなった。はっ、でもこの時間だとまだ友牙くんの所かも…。そう考えた私は今すぐ会いに行きたくなる衝動を抑えて、すっかり日も沈んで夜も遅くなってきた頃にランマくんの家を訪れた。ピンポン押しても出てこなかったらどうしよう…ヘコむどころじゃない。なんていう私の心配をよそに、ガチャリと玄関のドアが開いてランマくんが顔を見せたのでこっそり安堵の息をつく。


「姉ちゃん?どうしたんだよこんな時間に」

「遅くにごめんね。最近ランマくんの顔見れてなかったから、心配になっちゃって」

「まったく、姉ちゃんは過保護だなぁ」

「その、…元気だった?」

「おうっ!元気元気」


良かった。取り敢えず嫌われて避けられてるって訳では無さそう…。でも、何だろう。あはは、って。そう笑うランマくんはいつもと同じはずなのに、なんとなく違和感を感じてモヤっとする。だけどそんな違和感を探る間も無く、ランマくんは「上がりなよ。お茶くらい出すぜぃ」と私を中に招き入れるので咄嗟に頷いてしまった。


「…なんか暗くない?」

「そうかな」


電気はちゃんとついてるのになんとなく仄暗い。けどランマくんに否定されてしまってはもうどうしようもない訳で。久しぶりに入ったランマくんのお家の中をキョロキョロと見回していると不意にランマくんが「なぁ姉ちゃん」と私を呼ぶのでついそちらを見た。


「ゲームしようぜぃ」

「ゲーム?」

「うん。お互いの目をじっと見つめて逸らしたら負けってやつ。姉ちゃん得意だろ?」

「…別にいいけど」


いつもなら私が持ちかけて、ランマくんの返事も待たずにはいスタート!の掛け声で始まるそれ。じっと見つめられるのに弱い、すぐに顔を赤くして照れたランマくんが顔を逸らして負けるそのゲームを、まさかランマくんから切り出されるとは思ってもいなくて少しだけ動揺してしまう。


「じゃあ始めるぜぃ?よーい…スタート」


ランマくんの掛け声でゲームがスタートした。じっ、と私の目を真っ直ぐに見つめるランマくん。いつもだったらすぐにギブアップするランマくんなのに、今回はブレずに私の目を見つめ続けている。


「どうしたの?ランマくん。今日は冷静じゃない」


小さく笑ってみるけど、ランマくんはつられて笑ってはくれなかったのでまた違和感。なんだろう、今日のランマくん何だか雰囲気がいつもと違う…。

ランマくんが私を見つめたまま一歩だけ近付いてきたのに、私も無意識で一歩後退する。そのままジリジリと、いつのまに追い詰められていたのか。とうとう壁にぶつかって息を飲むのと同時に少しだけランマくんから視線を逸らしてしまって、ランマくんの口元がゆうるりと緩んだ。


「はい、俺の勝ち」

「っ!ひゃ、」


一瞬何が起きたのか、よく、分からなかった。ただ分かったのはランマくんに足を払われてすっ転んで壁に後頭部をぶつけたって事。そしてその挙句、とんと静かに私の顔の横へと手をついて顔を近付けてきたランマくんに挙動不審が止まらない。


「悪い悪い、怒ったか?」

「…あっ、あの、ランマくん…?」

「でも姉ちゃんが悪いんだぜぃ?いつも俺の事からかってばっかりで、俺の気持ちなんて御構い無しでさぁ」

「へっ、」

「姉ちゃん、俺言ったよな。あんまりからかい過ぎると痛い目見る、って」


ランマくんの手がゆっくりと私の頬を撫ぜる。嫌な汗がぶわっと噴き出て止まらない。やだ、嘘でしょ?ランマくん、とはとてもじゃないけど言えなかった。ランマくんの目がマジだ。いつものクリクリした大きな瞳とは全然違う。細められた瞳には色気が溢れていてとても逸らせそうにない。心臓がドキドキしてきた。


「顔真っ赤にしちゃって、姉ちゃんは可愛いなぁ」


完全に立場が逆転してしまったランマくんがゆっくりと顔を近づけてくる。逃げる事もままならず、触れた唇は恐ろしい程に柔らかかった。



20180829


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