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□ともだち詰め合わせ
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ともだちに恋心を利用されている女の子
ともだちの事が好きだった。ともだちの為ならどんな事だって出来ると思ったし、実際ともだちの命令は全部忠実にこなして来たつもりだ。それは人を手に掛ける事だったり、大切な人の洗脳、誘拐だったり。気の進まない命令も勿論あったけれど、少しでもともだちの力になりたい、その一心でいつも自分の感情を押し殺してきた。きちんと言われた通り、忠実に命令を実行して帰る度にともだちが褒めてくれて嬉しくなる。…だから止められない。わたしは自分の手を汚す代償に、そうやってともだちからの信頼を得てきたんだ。そう思うと喜びと苦しみがごちゃ混ぜになって感覚がマヒった。
最初は情緒不安定になって突然泣き出してしまったり、自分の罪の重さにはっとして思い出す度にトイレへとこもっては吐いたりしていたのに、最近はそれも少しマシになってきたように思う。ともだちがよく私を部屋へと呼んで、一緒に話す時間を増やしてくれたから。ちょっとずつではあるけど、ちゃんとともだちとの距離が縮まっているんだ、なんて。おこがましいけどそんな自惚れをしていた。
「うん、うん。君は本当によくやってくれているよ。いつもご苦労様」
「えへへ、だってともだちの為ですもの。ともだちの役に立てるなら何だってします」
「そうか、頼もしいなぁ。じゃあ早速で悪いんだけど、次の仕事も受け持ってくれる?」
「もちろん!次は何をしたらいいですか?」
高級な革張りのソファーに腰掛けたともだちが、手を組みながらそこに顎を乗せて。表情の見えない顔でじいっと私を見つめる。私はぱあっと顔色を明るくしながら嬉々としてともだちの言葉を待った。
「ケンヂくんに言いよって欲しいんた」
「え…」
呆気にとられて、ついポカンと間抜け面を晒してしまう。「それって、どういう…、」予想外過ぎるともだちの命令に歯切れ悪くなりながらそう返せば、ともだちは椅子に深く座り直しながら続けた。
「詰まるところ色仕掛け、って奴だよ」
まぁそんな簡単な手に引っかかるケンヂくんじゃないと思うけど。君なら出来るよ、大丈夫。想像してごらん?仮に成功した時のその先の未来を。大切な人に裏切りを受ける瞬間のケンヂくんは、さぞかし滑稽なんだろうなぁ。そう、ツラツラと言葉を並べるともだちに顔が青ざめる。い、嫌だ。それが率直な感想だった。だって私はともだちが好きなのに、だから今まで頑張ってきたのに。こんな命令あんまりじゃないだろうか…。しかしともだちは顔色を悪くして押し黙る私を見据えて、相変わらず淡々とした声で促した。
「あまり気が乗らなさそうな顔をしているね。もしかして、出来ないって言いたいのかい?」
その言葉にギクリとする。どうしよう、ともだちの命令は絶対だ。普通に考えたら、いや多分別の信者だったらまず一番に絶交を恐れて直ぐに首を縦へと振るのだろうけど。私の場合は少しだけ違った。
「いや、いいんだ。君の事は他の人と違って一目置いていたんだけど…出来ないなら仕方がない」
下がっていいよ。何処か冷たくも聞こえたその声に、私は益々顔色を悪くして考え込む。ともだちの口から絶交の話は出てこなかったし、別に強制を強いられている訳でもない。だけど私にとって大事なのはそこじゃなかった。ドクドクと心臓が嫌な音を立てて、呼吸がし辛く苦しくなる。どうしよう、失望されちゃったかもしれない。今まで忠実に言うことを聞いてやっとここまで来たのに。嫌われてしまったかも、しれない…。折角積み上げてきた苦労が一気に水の泡、そっちの方が重要で、私は勢いよくともだちへと向き直る。
「ま、待って、下さい」
「…」
「上手く行くか、分からないけど…頑張りますから、だから、」
見捨てないで、私を嫌いにならないで。そう縋るようにともだちを見つめると、ともだちは一拍置いてから小さく笑ってみせた。といってもマスクのせいでともだちが本当に笑っていたのかは分からないけど。少なくとも彼の口角は上がっていたんじゃないかと予想をする。
「そうか、うん、ありがとう。君なら引き受けてくれると信じていたよ」
いつもの柔らかい雰囲気に戻ったともだちにホッと胸を撫で下ろした。冷や汗が凄い。一応上手く行くか分からないと予防線は張ったものの、引き受けたからに失敗は許せない。正直ケンヂを誘惑なんて無理に等しいと自覚していて早くも気が滅入った。また、頑張らなくちゃいけないなぁ。ともだちの言っていた通り、ケンヂは色仕掛けなんかに引っかかるような相手じゃないもん…。まだほんのりと漂うプレッシャーに息が詰まる。
…苦しい。
ふと、呼吸の仕方を忘れてしまったように上手く息が出来なくなって、回らない酸素に頭がクラクラした。
「(苦しいよ、)」
いつもともだちの顔色を伺って、嫌われたくないと無理をして。出来ない事も無理やりゴリ押して出来るようにしてきた。利用されているだけだって分かっている上で、必死になって縋りつこううとするのは疲れちゃうよ。そんなの、分かってるのに、
「君は本当に良い子だなぁ」
そう、私の頭を撫でるともだちにどうしようもなく胸がときめいてしまうから堪らない。結局私のハートはともだちにしっかりと掴まれていて、もう離れる事なんてきっと一生出来ないのだろう。
20190404
ともだちのマスクを被ってみる
会議が終わって部屋へと戻ると、僕の椅子に腰掛けながら窓の外を一望している人影があった。
「…何をしているんだい?」
そう率直に声を掛けるとゆっくり振り返る。その頭には僕のとおんなじマスクがされており、僕は僅かに顔を顰めながら彼女の返事を待った。
「暇だったもので」
なんともアホらしい回答が返ってきて無意識に頭を振る。「どうですか?似合ってます?」マスクで少しだけくぐもった声。そう尋ねてくる彼女はどこかウキウキとしているように見えた。
「あんまりいい気分じゃないよね」
「えー」
「折角かわいい顔をしているのに、そうやって隠してしまうのは勿体なくないかい?」
一瞬不満気に声を漏らしたものの、そう褒めてあげれば分かりやすく照れたような反応を見せる。マスクで彼女の表情は伺えないというのに、嬉しそうにはにかむ彼女の表情が透けて見えたような気がした。ついつられて僕の表情も緩む。
「可愛いだなんて、そんな。えへへ、大袈裟ですよぉ」
「そうだね」
「ちょ、何でそこ同意しちゃうんですか」
「冗談だよ。だからさっさと外しちゃえば?それ」
「嫌です。もう少しともだちとお揃いがいいので」
意外と可愛い事を言うなと少しだけ関心した。だけど僕の命令を拒否するのは気に入らない。ふいっとソッポを向いてしまった彼女に近付いて、わしっとその頭を掴むとギョッとしたように僕を見やる。
「な、なんですか…?」
「…」
無言の圧力でじっと凝視してみれば、お互いマスク越しでの睨めっこが始まる。どこか挙動不審にする彼女に不意打ちでキスしてやっても良かったのだが、何だか自分に口付けるみたいで止めた。さすがにそんな性癖は無いよね。それにしても頑なに折れようとしないので、さすがに痺れを切らして僕は強行突破に出る。マスクをひん掴んで無理やり引っぺがそうとすれば、彼女は慌てたようにわあわあと声を上げて抗議した。
「やめて!やめて下さい!」
「強情だなぁ。何がそんなに良いのやら」
「だって…マスクをしてみたらともだちの気持ちが分かるかと思ったから、」
不意に彼女がそんな言葉を散らすので、ついキョトンと呆気に取られて固まる。「ともだちと同じ世界を見てみたかったんです」とか、とことん可愛い事を言う彼女に胸の奥がきゅうっと切なく疼いた。うーん、マスクにキスをする趣味は無いけど、彼女の唇にするとなれば話は別だよね…という事で。
「…!ちょ、」
スルスルと彼女のマスクをおもむろに捲りあげて、露わになった唇にそっと自分のそれを触れさせる。マスク越しに代わりはないものの、彼女を照れさせるにはそれで十分だった。そのまま指を滑らせて彼女の耳を撫でながらマスクを完全に取っ払ってしまう。案の定、真っ赤になった顔で僕の事を見つめる彼女に、僕は喉の奥で笑いながらやっぱりねと呟いた。
「君は素顔の方が可愛いよ」
20190405
ともだちに言いくるめられる
どういう訳だか、建物全体のシステムダウンとかで電気が止まってしまったのがつい一時間程前。仕方ない、復旧を待つしかないね、と言ったともだちに気を利かせて冷たいドリンクを持ってきたのだけれど、グラスは直ぐにダラダラと汗をかき始め氷もとうの前に溶けてしまった。最初はひんやりと冷房の空気が漂っていた室内も、徐々に生温く変化していき今ではじっとりとした蒸し暑さに包まれている。正直、暑い。とてつもなく、あつい…。窓が開くような環境でもないから、この場はとんでもない地獄と化している。
半袖の私ですらそう思うのに、長袖の黒スーツを決めて更にマスクをするともだちはもっとヤバいんじゃないかと、想像するだけで余計に蒸し暑くなるので率直に聞いてみる事にした。
「あの、暑くないんですか?」
「…あ、あつ…くない」
ホントかよー。だとしても見てる私の方が暑いよ。しかもともだち、私がいたら飲み物も飲みづらいんじゃないかと察して出て行こうとした所にまだここに居なよとか行って引き留めるから。せっかく持ってきてあげたのに、結局アイスティーは水っぽくなってしまった。どことなく不満オーラを漂わせる私を気に留めず、ともだちは相変わらず表情の伺えない口調で言う。
「そういう君の方こそ暑そうだね」
「えっ?えぇ、まぁ…」
「ねぇ、脱いじゃいなよ」
「なっ、出来る訳ないじゃないですか!」
「いいじゃないか。どうせ中にキャミソール着ているんだろう?入り口の鍵は閉まってるから誰も入ってくる心配は無いし。僕の事は気にしなくていいよ」
「私が気にしますっ!」
さり気なく私のシャツのボタンを外そうとするともだちの手をピシャリと叩いてやれば、ともだちは残念そうに自身の手をさすりながら「そう…」と呟いた。
「大体、私に脱げと言う前にともだちが先に脱ぐべきではっ?」
「うん。それもそうだね」
「えっ」
まさかそんなアッサリ承諾されてしまうとは思わなくて、つい間の抜けた声で驚いてしまう。静かにボタンを外すなりすっと上着を脱いで。ワイシャツの袖を捲り出したともだちに思わずドキリとした。
「はい、次、君の番」
しまった…。露骨に顔を顰めながら頭を抱える私の事を、ともだちが何処か楽しそうに眺めながらさぁと促してくる。ともだちが脱いだのに私が脱がない訳にもいかない雰囲気で、私は渋々シャツのボタンへと手を掛けた。ゆっくりゆっくり。最後の一つを外し終えた所で手を止めると、見兼ねたようにともだちがそっとした手付きで軽く肩に触れてきて、そのまま私の代わりにシャツを脱がしにかかった。
「…あの、ともだち?」
汗で張り付く髪を指先で退かしてはクルクルと弄り始める。どことなく溢れ出す妖しい雰囲気におずおずとともだちの事を呼んで彼の事を見上げた。相変わらず表情の読めないともだちを困った顔で見つめれば、彼は静かに私の腰を抱きながらそれらしい言葉を紡ぎ始めた。
「ほら、よく言うだろう。暑い時には熱い物を、って」
「なっ、なんか違くないですかっ?それ」
言いながら、ともだちは高級ソファの上へと私を丁寧に押し倒す。わぁ!と驚きの声を漏らした唇を、おもむろにともだちの指がなぞりにきて。その仕草がどこか色っぽさを見せるのでまた私はドキドキとしてしまうのだ。
「まぉまぁ。物は試しだよ」
わたしの鎖骨辺りに触れたともだちの手は、お互いの汗で心なしかベタベタしていた。
20190407