白銀の艶姫


□第一話、花の香は舞い込む
2ページ/3ページ




(月・・・)


沙羅を人目見た風間の心に浮かんだのは、先ほど眺めていた、少し欠けたその姿だった。

各々手酌で酒を呑んでいたことに気付いたのか、沙羅が立ち上がり、天霧と不知火に酌をして回った。


「おう、すまねぇな。ところであんた、こんなところに来て平気なのか?」

「今後往来へと出にくくなるのでは・・・?」


会合の内容は他言された時点で自分たちの首が飛ぶとあって、藩士たちは十二分に配慮を図っていた。
それゆえに、こんな場所にいたとあれば命が獲られないかさえ危ういところだ。


「藩士様方には昔から贔屓にしていただいておりますぇ・・・」

「・・・何故、廓クルワ言葉を使う・・・」


ポツリと風間がこぼした言葉に、天霧と不知火は虚を衝かれた。


「おいおい、今日は珍しいことが多い日だな・・・なぁ風間。
 人間なんかに興味なかったんじゃねぇのかよ」

「・・・・」


不知火がそういうのも無理はなく、先ほどまで風間は、人間になど興味はないと言い捨てていたのだ。
ニヤニヤと笑う不知火からの言葉には何も答えず、風間は静かに沙羅を見ていた。


「藩士様方には特別にああさせていただいてますぇ。耳障りどしたか?」

「・・・おまえには似つかわしくない・・・そのようなまがい物の言葉など」

「・・・では、風間。彼女に先ほどの藩士たちのように話していただくということでよいのですね」

「・・・・・」

「・・・では失礼させていただいて、このようにさせていただきます。どうぞ・・・不知火様」

「ん?名前を名乗った覚えはねぇぜ?」

「先ほどあちらの藩士様から教えていただきました・・・素敵なお名前ですね」

「それはどうも」


注がれる風間からの視線から逃れるように、沙羅は二人に酌をし続けた。
芸妓が、使って当然の廓言葉を止め話しているのに、誰も指摘しないという点で、
確かに藩士たちからの信頼を感じられ、天霧と不知火も静かに酌を受ける。

酒も入り賑わいを増して来た室内で、この一角だけ切り離されたかのような時が流れる。


「沙羅鬼、彼にも酌をしてやってください」


天霧が窓際の風間のほうへと視線を投げ、つられる様にそちらを見た沙羅は思わず目を瞬かせていた。
赤い瞳、対の角、一人の鬼が、そこにいた。



先ほどまで一人、盃を傾けていた風間は、沙羅に言葉を投げた後、その状態のまま月を眺めていた。
夜も更け、風が強くなってきたのか月は時折その姿を雲に隠しては、ゆらゆらと往来を照らしていた。
鬼の風間さえ惹きつけるその光も、この花街には届かない。
人工的な眩しさばかりの眠らぬ街は、自らを照らす月の存在など、あるいは知らないのかと、らしくなく思う。


(馬鹿げているな...)


この街も、自分が関わっていく戦にも、興味などない。先ほどの女の真意にも、興味など、ない。



「お酌、してもよろしいですか?」

「・・・・」


側に寄り声をかけると、ゆっくりとこちらに顔を向ける。
月に照らされ見えた、鬼の姿などなく、赤い瞳だけが残っている。
無言で向けられた盃に、とくとくと酒を注ぐ。


「どうぞ・・・」

「・・・」


盃を傾け、また月を見上げる。


「月がお好きなんですか?」

「・・・好みなどしない・・・ただ・・・」

「ただ?」

「不確かで定まらぬ様は見ていて飽きない・・・」

「・・・?」

「何を望む・・・?」

「・・・・・」


赤い瞳に射すくめられる。心の底まで見透かすように。
風間の言葉は何に向けられたものなのか。音が遠ざかり、ただ、赤い瞳に捕らわれる・・・


「おい、姉ちゃん」

「!」

「酌してもらえるか?」


不知火の言葉がかけられるまで、どれほどの時だったのか。沙羅に向けられていた赤い瞳は月へと戻り、耳につく喧騒に呑まれる。
不知火の元へ行こうと立ち上がる沙羅と共に、風間がゆらりと立ち上がった。


「?」

「風間?」

「興が醒めた・・・」


そのまま部屋を出てゆく。沙羅に会釈してから天霧もその後に次ぐ。不知火はヒラヒラと手を振り、呑み続ける様子を見せた。


「・・・・」


風間が出て行った襖を見つめる。彼は、なんなのだろうか。人であったのか…それとも、鬼であったのか・・・自分と同じように。



 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ