ふざけた国と少女
□01.麗らかな祭日
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「01.麗らかな祭日」
(The smile of the boy tinged with the fog)
いつもは音が届かない私の家まで賑やかな音楽や人の声が響いてくる。軽く耳障りだ。
柔らかな日差しが入る部屋の、窓際においてあるベッド。座っているのは弟のシロン。生まれた時から体が弱いためにろくに外にも出られない。
それでも弟は毎日がとても楽しそうだった。自由に動ける私よりもずっと。
「ねぇ、お姉ちゃん。今日は女神様誕生の聖誕祭なんだよね?」
1月の第三週末、この国で信仰の対象となっている女神の聖誕祭が毎年行なわれている。
家にいることしかできないシロンはやけに外の情報に詳しい。出られないからこそ出れたときのために情報を集めてるんだ、と弟は笑う。
その笑顔は無邪気なままで不思議と庇護欲を掻き立てる。
「うん。行きたい?」
「ううん、そうじゃなくてさ。お姉ちゃんは行くんだよね?お祭り」
「え…いいよ。別に見たい訳じゃないし」
「駄目だよ。行ってらっしゃい。お土産買ってきてね?お祭り限定薔薇のプディングがいいな」
「はぁ・・・・・・わかった」
あんな無駄なものが聖誕祭だなんて逆に女神を愚弄していると思うんだけど。
なんたって女神が降りている日だから何をしても許されると思っている馬鹿な連中が、大騒ぎしているだけの何の変哲もないイベントなのだから。
私がこういうイベントごとをあまり好きじゃないのは弟も知っているはずだが、それでも行って欲しいと言うのは弟なりの気遣い。
それを理解しているからこそ、私も折れた。そうじゃなきゃ私は絶対に行きたくない。
「けど、持って帰ってくる間に潰れちゃうかもよ?」
「味は変わらないって!お姉ちゃんがちゃんと手持ちの紙袋に入れておいてくれれば問題ないし!」
「わかった。それにしても誰に聞いたの?プティングのことなんて」
「向かいのエレナが去年持ってきてくれたんだよ。美味しかったなぁ・・・去年、お姉ちゃん行かなかったでしょ?」
内心はぎくりとする。どこからそんなことまで聞いたのか。けど一応弁解の余地はある。
「・・・行ったよ?」
「けど、すぐに帰ってきた。どうせ一度入り口から出口まで通り過ぎただけでしょ?」
「・・・・まぁ大体そんなところ」
読まれていたらしい。流石はシロンだ。私のことをよく理解してる。
「ちゃんと楽しんで来てね?お土産話も聞かせて欲しいから」
「・・・わかった。少しは話せるように楽しんでくるよ」
「うん。そうして。あっ家の鍵は開けといていいよ、あとで友達が遊びに来るから」
「・・・・・こんな日に?」
何度も言うように今日は聖誕祭だ。そんな日にわざわざ友達の家に遊びに来るような人がいるのだろうか?
「うん。平気だよ、そんな心配そうな顔しないでよ。今日は聖誕祭だよ?悪いことする人なんていないよ」
シロンが思い描いてる聖誕祭は、現実の名ばかりのものではなくて、本物の聖誕祭だろう。現実を知らないからこそ描く幻想を壊せるほど、私は心が強くない。
「・・・そうだね、じゃあ気をつけて・・・」
「それは僕の言う言葉でしょ?行ってらしゃい、気をつけてね」
「うん・・・」
嬉しそうに優しく笑っている弟の姿がどこか薄れて見えて、私は瞬きをした。
そんな私を不思議そうに見て、シロンはまた笑って、部屋の入口に立つ私へと手を振った。笑みを返してから、私は家の外へと歩き出した。
なにかが心に引っかかったまま、私はゆっくりと祭りの中心である広場に向かい、坂を下る。
外の天気は快晴。苛付くほどに綺麗な青が空を覆う。
本当に苛付くほどに、その日は天気がよかった。絶好の、お祭り日和。
⇒END