ワンだふる・でいず
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草薙夏樹の作品は、ジャンルにとらわれないものである。もの悲しくなるような物語から、ファンタジー、グロテスクなミステリーまでなんでもござれだ。が、まだ書いていないジャンルがある。
「恋愛小説、ですか…」
「そうです。草薙先生の恋愛小説なんて絶対人気出ますよ!」
寒咲幹は夏樹担当の編集者である。夏樹はいくつかの雑誌に連載を持っており、いくつか文庫本を出している。内容は切なかったりほっこりしたり、ファンタジーなど軽いものが多く読者層も若い。
読者が若いのだから『恋愛小説』というジャンルが人気なのも分かるのだが、分かりながらも夏樹はそれをあえて避けてきた。
「や、幹さん。私恋愛小説書いたことないんです」
「だから売れるんじゃないですか」
「えー、あけすけだなぁ。無理ですよ本当に」
「なんでですか!『悲しみはヒヨコの姿』とかほとんど恋愛だったじゃないですか!」
「あれ女幽霊だし!別にそれっぽかっただけで別に恋愛じゃないです!」
熱くなりすぎて声を荒げはじめた女2人を横目に、靖友がベランダからワンっと一鳴きする。うるさい、という意味を大いに盛り込んだ一声に夏樹は気付き、口を手で隠した。
「叱られちゃった。 でもほんとに恋愛小説は駄作になりますよ。キャラクターが恋に落ちるなんて想像もできません」
勝手に動き出すものを小説にしているだけなのだ。勝手に恋に落ちた者がいたが、それでも彼らは恋を中心には生きていなかった。新しく生まれてくるキャラクターが、そうも都合よく恋に落ちたり恋愛を中心に生きてくれるだろうか。
夏樹には全く予想ができなかった。
「別にコテコテの携帯小説みたいなのじゃなくていいんです。SFとか、ファンタジーをおりまぜてとか」
「ファンタジーかぁ…ううん…」
「夏樹さん程の女性なら恋愛経験豊富なんじゃないですか」
「程って何ですか。私彼氏とかいたことないですもん」
「え」
『分かるよ、その反応だよなぁ』