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□恋の味
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あの甘い香が、味が
今でも忘れられない


その日は私の失恋記念日だった。結局、そんな奴に恋をしていた私が馬鹿なだけだったのだが、こんな日に限って外は土砂降りの雨が空から痛いくらいに叩きつける。運悪く私は傘を持っていない。だってさっきまで晴れていたじゃないか。天気予報だって今日は晴れると言っていた。天気予報はたまに嘘をつくんだよね、とぶつくさ愚痴を呟きながら傘もささずに街中をぶらぶら。すれ違う人の中には頭に鞄を乗せて全速力で走る人もいれば、腕を互いに絡めて相合い傘をするカップルもいる。そんな光景は涙で歪んだ私の視界には人が人でなく見えて、ただカラフルな雨傘がマーブル模様の様に見えているだけだった。

『…寒っ』

雨に濡れ、全身が冷える。掌を広げれば雨が溜り小さな水溜まりができる。ふと顔を上げると空から白いのがふわり。雨が雪になったのだ。そう思うと雨で濡れた体が余計に寒さを増す。カンカンとヒールの音をたてて駆け上がる階段、気付けばあの人の家の前に来ていてあまりにも無意識だったので自分でもビックリした。チャイムを鳴らすか鳴らさないか。扉の向こうには今一番会いたい人。この一枚の扉が憎い。これさえなければ今すぐ会えるのに。チャイムを鳴らすかなんて迷う事もないのに。そんな事を考えていると扉が開かれ、あの人が顔を覗かせた。

「どうしたんさ、早く入りな。びしょ濡れじゃんか」

『…な、んで』

わかったの?と質問する前に私に優しく微笑んで腕を引っ張り中へ入れてくれた。中に入るとリビングにある真っ白なソファーに促され、自然に座る形となった。頭に柔らかな感触があり、視界は真っ白。わしゃわしゃと髪を拭いてくれている暖かくて大きな手に安心感を覚える私がいた。

「風呂に入って来るといいさ。寒いだろ?」

『…でも』

「遠慮しないの。俺ので良ければ服は置いておくからさ。」

気の利いた優しい言葉に甘えてお風呂場に足を運ぶ。籠に自分が着ていた服を入れ、一歩足を踏み入れれば素足から伝わる床の冷たさ。栓を捻るとシャワーから出てくるお湯が冷えた体を包み込む。何故だか先程別れた彼の顔が頭に浮かび、一人で泣いた。お風呂から上がり、リビングへ向かうとガラス造りのテーブルに置かれたホットココア。程よく甘い匂いが私の嗅覚をくすぐり、口に運べば甘くほろ苦い味が口いっぱいに広がった。




(それは)
(あの人が入れてくれた)
(ココアの様でした)



ねぇ、軽い女って思われるかもしれないけど私、ラビが好きだよ。いつも迷惑かけてるけど、悲しい時に慰めてくれる私の大好きな人。身近過ぎて気付きもしなかったけど、随分前から好きだったんだ。この気持ち知ってた?





解説
あの人はラビの事です。ヒロインは彼と別れてしまって、悲しみに暮れながらも辿り着いたラビの家(ラビの家は少しボロいアパートです)。裏設定でラビとヒロインは幼なじみで、お兄さんと妹みたいな関係なんです。



END.

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