Novel

□first impression
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「暑い…」
あまりの暑さにコプチェフは呟いた。冷えたミネラルウォーターをがぶがぶと飲み、額に吹き出している汗を拭う。
今日で消費したミネラルウォーターの数は、これで3本目だ。
今年の夏は本当に暑い。そんな時期に、こんな重労働をするとは自分はついていない。
舌打ちしつつ、コプチェフは残りの水を一気に飲み干す。
「おい、コプチェフ。お前の荷物はこれぐらいかよ」
コプチェフの後方からうんざりした声がし、コプチェフは振り返る。
段ボールを抱えた、同僚のパティスがそこにいた。コプチェフと同じく、ミリツィアの制服の上着を脱ぎ、首にタオルをかけている。
「お前の荷物なんだから、自分で確認しろよー。」
ふうと息を吐きながら、コプチェフのそばに段ボールを置く。ドドッと重い音をたてて置かれた段ボールは、その中身の重さを物語っている。
「あ、悪い悪い。」
「まーったく。自分だけ休んでずるい。」
空になったペットボトルをビニール袋に放り込み、コプチェフはパティスの持ってきた段ボールに手をかけた。
黒い艶のある髪の毛をかきあげながら、パティスは腰をその場におろした。
「荷物はそれで最後。」
「ありがとう。助かった。」
段ボールの中身を確認し、コプチェフは段ボールだらけの部屋へそれを運んでいく。
これは皿が入っているから割れないように、隅に置かなければ。
「全くよー、何だってこの暑い日に引越しなんてするの?」
片手にスポーツドリンクをぶら下げながら、うんざりした顔でパティスは呟く。
「しょうがないだろ?急に移動が決まって明日にでも部屋を移ってくれって言われたんだよ。」
この暑い日に、コプチェフが引越しをしているには勿論訳がある。突然上司から、自分の異動を告げられたのはつい先日のこと。異動の時期でもないし、自分の突然の異動を宣告され、コプチェフは訳がわからなかった。理由として聞いたことは、腕利きの運転手をほしがっている狙撃手がおり、そのパートナーとなってほしいと。
「狙撃手のパートナーなんて、かっこいいな。」
パティスが脈絡ないことを言い出し、コプチェフは苦笑いする。
「かっこいいもんじゃないさ。」
コプチェフは自分の特技を買われ、特別な任務を課せられる立場となった。それは今まで送ってきた生活と全く違うものになることは、想像するに容易い。コプチェフはあまり気が乗らなかった。慣れた環境から脱することは、あまりコプチェフ自身好きではない。それがたとえ、昇進という形ででもだ。
しかしその異動に逆らうことは勿論のこと不可能で、渋々と自分の使い慣れた日用品を整理しはじめ今に至るのだ。
この引越し作業を手伝うパティスは、コプチェフの宿舎の同居人だった。
突然のコプチェフの異動に驚きつつ、こうやって暑い日に手伝わされているのだ。文句も多いがあまり物事に執着しないタイプのためか、コプチェフはパティスとの生活は苦ではなかった。むしろ良い同居人だったと思う。
「いやーでもさ。その狙撃手ってどんなやつなんだろ?」
段ボールをあけて、書籍を出し始めたコプチェフのそばに座り、パティスはその書籍を手に取る。
パティスの疑問は、コプチェフが一番感じていることだ。
その狙撃手が“運転手が欲しい”と言うことで、こうやって上司が動くのだから余程有能なのだろう。しかしそれ以上のことは、全く分からない。このような不明瞭な状態におかれることも、コプチェフの気が乗らない原因の一つだ。
「分からないな〜。俺が一番知りたいよ。」
コプチェフはため息をつく。
「そうだよな。その相方さんとはいつご対面?」
「確か…5日だ。」
「…5日って今日じゃん?」
えぇっ!?と大声をだして 思わずコプチェフは立ち上がった。
そうだ、すっかり忘れていた。
日にちに対して頓着のないコプチェフは、よくこのようなことをする。重要なことは手帳に書き、それを見直すようにはしているのだが、どうして今回のことは忘れていたのだろう。
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