Novel

□in the Bar
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外が徐々に暗くなっていることに、ボリスはコプチェフの声で気付いた。
「あの〜、終わりました?」
遠慮がちにコプチェフが話しかけ、ボリスはオイルを並べている自分の手を止めた。
「何か用か?」
「いや、もう夜になるし、終わってるならそろそろ飲みに行こうかなと。」
そういえばこいつはそんなことを言っていた。何だって自分を飲みに誘うのか、全く分からない。
「まあほとんどな。」
「じゃあ飲みに行きます?」
「行ってやるがまずい酒だったら承知しねえ。」
これからパートナーとなる自分を、恐らく探るためだろう。そう考えるならこいつの誘いも悪くはない。自分もコプチェフについて知っておく必要はある。これから任務遂行にあたる上で、相手の癖や性格を知っておくことは重要だ。特に命の危険が及ぶ時に、それは必要不可欠な情報になる。

「大丈夫ですよ。俺が一番オススメなバーに連れて行きますから。」
たれ目気味の目を細め、コプチェフは立ち上がった。
「じゃあ後10分ぐらいに…」
「ああ。」


ボリスは薄手のジャケットを羽織り、外へコプチェフと出る。いくら暑くても、外に出る時は何かを羽織るようにしている。肌をさらすことに、ボリスは少し抵抗があるのだ。
「暑くないんですか?」
ボリスとは違って、タンクトップ一枚の軽装な恰好のコプチェフ。身長も肩幅もあるため、そんなシンプルな服装も様になっている。
「薄いから暑くなんかねーよ。」
同じようなことを、以前誰かが言っていたことを思い出し、ボリスは舌打ちした。
「タクシー呼んだから、汗かくこともないだろ。」
「まあそうですね。」
夕焼けの名残がある、群青色の空を見てコプチェフは頷く。ボリスが吸い始めた煙草の火が、ほんのりと目立つ。
ほどなくしてタクシーが二人の向かい側に停まり、革の匂いのする車内へと乗りこんだ。

コプチェフの言うオススメのバーは、繁華街の少し手前にある、レトロな建物の二階にあった。ビスケットのような香ばしい匂いのする、木の階段を上がり、コプチェフが先頭にバーへと入る。
「いらっしゃい…。」
初老の痩身なマスターが、カウンターから顔を出した。
「おおコプチェフ。久しぶりじゃな。」
「久しぶり。」
「そちらさんは初めてみる顔だね。」
店内はコプチェフとボリスを入れて5人程だ。飲むには早すぎる時間帯なのだろう。
「同業者かい?」
マスターは筋の張った手で、冷凍庫から冷えきったウォッカを出した。ショットグラス二つに注ぎ、コプチェフとボリスにカウンター席へ座るよう促す。
ボリスはマスターをほとんど視界に入れず、細くて小さい椅子に座った。コプチェフはボリスの愛想のなさに半ば呆れつつ、隣へ座る。
「まあそんな感じ。じゃボリスさん、これからを祝いまして乾杯。」
グラスを軽く持ち上げ、コプチェフは一気に飲み干す。見ていて爽快な気になる、いい飲みっぷりだ。ボリスは何も言わずに、しかし一気にそれを口へと流しこんだ。不純物のない、クリアな味だ。コプチェフの舌は、ある程度信用していいのかもしれない。
マスターは軽いつまみを数種類二人の目の前に置いた。正方形のチーズをつまんで、コプチェフは違う酒を注文する。
「コプチェフが敬語使ってるってことは、先輩かい?」
マスターのことばで、ボリスはそういえばとコプチェフを見る。
確かに年齢だのいつミリツィアに来ただの、そういう話しをしていない。そして上司からは、自分とは同期だと言っていた。
「いや、同期だ。」
「あれ?そうなんですか?」
マスターへ返すことばを選んでいるコプチェフの代わりに、ボリスが答える。
「はははっ何でじゃあ敬語使ってるんだい?」
やや嗄れた声で、マスターは豪快に笑ってみせる。コプチェフは頭をかいて、横目でボリスを見た。
「いやあ…何ていうか…。雰囲気が怖いというか…。」
ボリスはそのことばを聞いて、思わず吹き出しそうになった。ボリス自身、あまり周囲が自分に良い印象をもたないことを分かっている。だがそれを他者から、しかもあまり知らない相手から面と向かって言われたのは初めてなのだ。
素直なやつ…。
ボリスは妙におかしくて、コプチェフの方を見る。
「あ…。やばかったですかねー?」
酒でやや赤みがさした顔で、コプチェフは本気ですまなそうだ。
「俺が愛想悪いのは事実だしな。しょうがないんじゃねえ?」
「じゃこれから何て言ったらいいんですか?」
「…好きに言えばいいだろ。」
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