Novel

□隣にいる人
1ページ/10ページ



1


コプチェフは今朝届いた朝刊に目を通しながら、自分で淹れたコーヒーを口にした。
やや酸味の強いコーヒーのおかげで、徐々に目が覚めていく。コプチェフはコーヒーがそこまで好きな方ではないのだが、よく目覚ましの手段としてそれを利用している。
目覚ましの手段のもう一つの方法が新聞。事件やら何やら書かれてある記事を見つけると、職業柄その記事に集中して頭が冴えてくるのが分かるのだ。
最もこちらの方の目覚ましがよく効くようになったのは、ボリスと仕事をするようになってからではあるが。

ボリスのパートナーとして仕事をしだし、同じ宿舎に住み始めて約3ヶ月。
始めは取っ付きにくかったのだが、今は段々とお互いのことが分かってきたのか、会話をする時間も増えてきた。
おそらくボリス自身、あまり話す方ではないのだろう。1日任務のことしか話さないこともザラだった。
そんな彼が一度、自分の過去について話したことがある。
きっかけはおそらく、自分がボリスの用事を待って外に待機していた時だ。あの日は実によく晴れた日で、飛行機雲が綺麗に空に走っていた。
待っていた場所は監獄の外。
彼がそこで何をしているのは知らない。だが、ほとんど毎日ボリスが監獄に足を運んでいることは知っていた。
それは以前、ボリスの噂を偶然耳にしたのがきっかけだった。

ボリスはある囚人に“いれこんでて”、監獄に会いに行ってる。

そんな下世話な噂は、ボリスによくつきまとっていた。コプチェフはそんな噂を耳にする度に、呆れている。
始めはコプチェフも噂に対して半信半疑で、ボリスに恐れを抱いた時もある。だが今や、ボリスの過去、そしてなぜそんな噂が流れているのかも理解していた。
あの晴れた日の2週間後、ボリスが自分の過去、つまり死んだパートナーのことについて語りだした。

『…ボリス、何でそんなこと、話してくれた?』
『何でって?…さあなあ…。』
『気まぐれに話すようなタイプじゃないだろ?』
『ははっ、よく分かってんな、お前。…そうだな…何となくだ。』
『何となく?』
『お前が監獄の前であほ面で俺を待ってただろ?』
『あほ面では待ってないけど!?』
『…その時にか…、いつかお前に話そうと思ってな。』
ボリスは過去を語った理由について、多くは話さなかった。
酒も入っていない状態で、何故自分に話してくれたのか。
気にしなくてもいいことなのだろうが、コプチェフは理由が知りたかった。

何で自分には、重い過去を話してくれたのか。



「おい、新聞まだか?」


突然声をかけられ、コプチェフはただ目を落としただけの、全く読んでいない新聞から顔を上げた。
ボリスが自分と同じコーヒーの入ったマグカップを持って、不機嫌顔で立っている。

「あ…悪い。先に読んでいいよ。」
コプチェフはぼんやりとした頭のまま、ボリスに新聞を手渡した。
ボリスは仕事の一環として、新聞には必ず目を通すようにしている。こうやってコプチェフが読んでいる間に、早くしろと言われることも多い。
ボリスは何も言わずに新聞を受け取り、直ぐ様目を通し始めた。
「…死刑囚が脱獄したみてえだな。」
「え?あ、うん。」
「…おそらく早い内に任務の要請が来るぞ。」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ