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地に拡がる血を、今までどれだけ見てきたことか。

文次郎は、戦場跡地のすっかり血で変色してしまった土を、しゃがんで触れる。
幾人もの、血。

土は温かくもなく、冷たくもなく、
湿ってもいなくて、乾いてもいなかった。

「文次郎、何している?」

背後から仙蔵に声をかけられ、文次郎は土から手を放す。
仙蔵の白い頬には、血糊と泥が付着していた。
いつだったか彼が殻にもなく 、どんなに場数をふんでも戦場での任務は受けたくはないと言っていたことを思い出す。

「早く探さないと、夜になって視界が悪くなるぞ。」
「…ああ。」

文次郎は立ち上がり、焼けた草に交じる、跡形もない武器の類を何の感慨もなく眺める。
任務を終える、つまりは合戦が終わりを告げて、もうすぐ一日が経とうとしていた。
今回の任務で対象となったのは、文次郎、仙蔵と、留三郎の三人。
同じ戦場にいるといえど、合戦中お互いの状況を知ることは不可能にちかく、安否の確認も困難だった。
そんな中、幸運なことに仙蔵と文次郎は傷や泥にまみれつつも再会できたのだ。
しかし、あと一人、留三郎の姿はここになかった。

「全く、あの男はどこにいったんだ。」

まるで彼が見つかることが当然のような言い方だと、文次郎はぼんやりと思った。

「おい文次郎、私はこっちを捜す。手分けした方が早いだろう。」

文次郎が返事をすることを待つことなく、仙蔵は東の方向へと進んでいく。
どの方角へ行こうが、この血と煙と、役目を果たした武器類が散乱し、ただの鎧をつけた肉体が転がる風景には変わりない。
文次郎は、仙蔵と反対の方向へと足を進める。

留三郎の姿がないことが、文次郎はどうも現実感のない出来事に思えていた。
もしかしたら学園の方へ帰っているのではないか、とか、自分達と同じようにお互いを探しているのではないか、とか。
それは仙蔵もそう思っているのかもしれない。
必ず生きている保証など、どこにもないのに。

(…見つけたらとりあえず一発殴るか)

文次郎は、自分の泥といくつもの傷がついた、節くれだった手を眺める。
何度となく、彼とぶつかりあった手。
まだこの任務に向かう前、留三郎と派手な喧嘩をしたことを思い出す。
派手といえども、いつものようなお互いの意地の張り合いで、二人とも口より先に手が出てしまい結果派手な殴り合いの喧嘩になったという、”いつも通り”の顛末だった。
そう、いつも通り。
俺はあいつに、”いつも通り”思う存分ぶつかって、決着をつけなくてはならない。
まだ、あの喧嘩の決着はついていないのだ。
だからなおさら、留三郎は自分の目前から消えはしない、と妙な自信があった。

文次郎は、戦場を見渡す。
夕陽が戦場を照らし、干渉的な気分を喚起させる色に染まっていた。
自分の中に残る希望が、全くなくなりそうな気がして、首を振って再び歩き出す。




「…まいったな。」

今になって体に受けた傷の痛みを感じる。
留三郎は、歩くことを止めて近くの木に寄りかかった。
一番大きな傷は、刀から受けた腹の刺し傷。
合戦中ではなく、合戦が終わったあとに虫の息であった武士から、不意打ちをくらうとは思ってもいなかった。
文次郎と仙蔵を探している最中に起こったことだった。
死の間際の人間の力とは、あそこまで強いものなんだろうかと、留三郎は自分の身に降りかかった出来事がまるで他人事のような気がしていた。

(なんて様だ…。死んでも文次郎には見られたくねえな)

留三郎は、自分の真っ赤に染まった手を見つめた。
まだ文次郎との喧嘩の決着をつけていないことを思い出す。
(喧嘩の理由は…何だったかな。)
思い出せないが、たいしたことではなかった。
喧嘩の理由なんて、大方いつもそんな所だ。
彼が喧嘩の決着を付けることを、待っているような気がする。
それが何より大切で、そして今は何故かそれしか考えられなかった。

ふと留三郎は地面に黒い染が出来ているのを見て、ぞっとした。
自分の隣に、死が存在している。
その現実を突きつけられ、否定したくて立ち上がろうとすれば、足に力が入らずにそのまま地面へと崩れ落ちた。
自分はこんなに往生際の悪い人間だったか、と自嘲的になる。
(…このまま死ぬのか…。)
人間死ぬ間際には、過去のことが走馬灯のように浮かぶものだと聞いたことがある。
しかしどうしたことか、仙蔵や伊作、小平太、長次、そして文次郎と一緒にいたいと思うことしか考えられなかった。

あんなにあいつらのことを、必要としている自分がいる。
否定しない。
いつになく素直なのは、それこそ死が近いのか。

「まいった…。」

音声にならない弱音を吐く。
その時ふと、自分の名前を呼ぶ聞きなれた声が聞こえた。
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