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□そう言えば彼は雨が好きだった
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朝からやけに湿気があると感じていたら、昼前には静かに雨が振り出した。
路地は濡れ、所々の窪みのせいで小さな水溜まりを作っている。

文次郎の視界の向こうには、葉をほとんど落としてしまった木々が並んでいる。
枯れ木が雨に静かにうたれる様は、つかの間、生き還っているようにも見えた。
枯れ木が生命体であると実感するのは、晴れた日ではなく、こんな雨の降る日だと、誰かが言っていたことを文次郎は思い出す。
しかし自分ときたら、小雨だと甘くみていたらこの有り様。
帰路の最中、中途半端な雨に降られ、文次郎は傘を持って来なかった自分を呪った。
額から滴り落ちる水滴は、肩を冷たく濡らして惨めさを増長させる。
いくら暑がりな彼でも、秋の終わりで、しかも薄着姿となれば、寒さを感じずにはいられない。

(ったく…傘は要らないんじゃなかったのかよ。)

文次郎が今日傘を持って来なかったのは、留三郎から「今日は傘はいらない」と出かけに言われたためだ。
よく考えれば、今は秋雨前線や台風のせいで、割りに降水確率は高い日が続いていた。
あまり天気予報を見ない自分とは対称的な、天気予報を毎日チェックしている留三郎が言うならばと、何の疑いもなく、傘は玄関の隅へと戻したのだった。

背中に水が入り込んでくるのを感じ、文次郎はこれ以上雨の中を歩くのはやめて、少し先にある喫茶店に入ることを決めた。
靴にもいよいよ雨水が侵入し、不快さは倍加する。
そう言えば、鞄の中に重要な書類が入っていたのをふと思いだし、文次郎は前屈みに鞄を抱き抱えながら、目的地へと急いだ。
はたからみると、随分間抜けな格好に違いないとため息をつきながら。


喫茶店に着く頃には、鞄のふちにも僅かな水が貯まっていた。
書類が濡れていなければいいがと、文次郎は軽く鞄の水滴を払って店へと入る。
扉に付けられたちゃちなベルが、からんからんと音を立てた。
客は数名で、一組を除けば皆ひとりだ。
店内は文次郎の知らない音楽が、ボリュームを落として流れており、暗い色調のインテリアと、雨で全く光が射し込まないせいか、なんだかこの喫茶店全体が、陰気臭い。
ウェイトレスにコーヒーを頼み、額に貼り付く水滴を拭った。
鞄をあけ、水色のA 4サイズの封筒を取り出すと、やや湿って宛名である自分の名前が滲んでいるだけで、中身まで雨水は浸透していないようだ。
文次郎は内心ほっとし、封筒をあけずに黒光りしたテーブルの上に置いた。
まだこの中身を見るのは、少し憚れる。
自分の今後と、そして留三郎にとっても重要なことが、この中身には詰まっている。
自分の今後に関わるのであれば、いま現在付き合っている留三郎に関係が出てくるのは、必然的だ。
今後について、“書類”という形として明確にしてしまったものだから、“コーヒーがきてから”等というワンクッションをおかないと落ち着かない。
ふと、視線を後ろから感じると同時に、自分の肩を叩かれた。
弾かれたように文次郎は後ろを振り向けば、文次郎の反応に驚いた様子の伊作がそこにいた。



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