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□散る花
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「散る花」
いつもいつも、殴られていたり、噛まれていたりすれば、痛覚というものは麻痺するものかと思っていた。
しかしどんなに伊作から殴られ、蹴られ、その他諸々の荒行をされようともそんなことはちっともなかった。
噛まれりゃ痛いし、殴られたら血は出る。
夜間の、ぽっかりと空いた時間、数日前の傷がまだ熱を持っていることが分かる。
今日も夜分に、気づけば伊作が隣に座っていた。
青白く生気のない顔でこちらを見つめている。
「留さん、傷の手当てしないと」
伊作は自分がつけた傷を、必ず治療をしにやってくる。
そしてまた新しい場所に傷をつける。
…笑うかもしれないが(俺は初め、あまりの伊作の都合の良さに笑ってしまった)。
数日前につけられた傷は、鎖骨の下に紅く走っていて、伊作がその傷に薬を細い指で塗っている。
じわりと焼けるような痛み。
傷の治療にも痛みを感じるまで、まだ自分は正常な感覚を保てている。
「…綺麗に傷が塞がると思うよ」
「そりゃあ良かった」
伊作が鋭い視線を投げてきた。
なんかのスイッチが入ったんだろう。
突然、腹の付近に鈍痛が走る。
腹を蹴られて上半身を反射的に折り曲げて、咳をした。
そして間髪いれずに背中を蹴られ、あまりの衝撃と苦しさでどうしようもなく、俺は天を仰いだ。
伊作が狂喜を孕んだ目で見下している。
今日は腹か、と痛みに耐えながら他人事のようにそう思う。
おかしくなっているのは、きっとこんな状況に慣れつつある自分の精神
。
俺はぼろ切れになるまで殴られていても、どこかぼんやりと空を見つめていた。
※
留三郎は呆れるほど頑丈だけれど、さすがに毎晩傷物にしていればその有り余る体力も消耗されていくものらしい。
だから最近、週に二回程度にしている。
日頃の授業やら実習やらで支障を来されると、こっちが困る。
僕は別に、留三郎の日常を壊したいわけじゃない。
今日は何発か腹部と背部を蹴り、その弾みで彼は顎を強かに床に打ち付けた。
口の中を切ったのか、口の端からじわりと血液が滲み出る。
その少し明るさをもつ不透明な赤い血液が、暗い空間に不気味に映った。
僕は血が好きな訳じゃない。
「…ッゲホ…」
背中と腹を蹴ったことで、息苦しかったのか、留三郎が仰向けになり必死で息を探している。
瞳は全く僕を見る余裕などなく、ゆらゆらと焦点が定まっていない。
その姿を見て、また妙に腹が立って、彼の髪の毛をひっぱりこちらを向かせた。
苦しげに留三郎の顔が歪む。
やはり、何度殴っても、蹴っても、慣れないものだろうか。
「なあ、留三郎。僕は腹が立って仕方ないんだ」
「……」
「君にじゃなくて、さ」
本当に、この怒りはどこからくるのか。
僕にもさっぱり分からなかった。
彼を殴れば怒りが浄化される訳でもなく、しかし嗜癖とも言うのか、彼を何故か蹴ったり殴ったりしなければ気が済まなかった。
結局、苦しむ彼を見て、また自分も腹立たしくなって、悪循環を生むだけなのだ。
それでも僕は、留三郎に対して力を浴びせることが止められなかった。
「…じゃあ、他の誰かか…」
血で切れた口が開き、彼が掠れた声で呟いた。
「自分自身か」
その言葉で、僕は我を忘れた。
僕が悪い訳じゃない。
気付けば、留三郎は口や鼻から血を出して、全く動かなかった。
うつ伏せになっている彼をひっくり返し、胸に耳をあてる。
僅かに上下する胸から、死んでるかのような外見とは裏腹に、強い鼓動を刻む音が聞こえてきた。
「生きてる生きてる」
早く傷の手当をしなければ。