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□悪事に善行に
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どこからどこまでが悪事と言えるのか。

そんなことを考えるなど、神獣の白澤には必要のないことだ。
それは、自分が天国に住んでいるからとか、そもそも罪を問われる存在ではなく、存在そのものが吉兆の印であるからとかーそういう単純な理由からではない。
悪事という悪事に手を染める必要がない、といえば最も正解に近いだろうか。
善人悪人を問わず、人は刺激を求めるものだと白澤は思っている。
自分も勿論そうだ。
その刺激というのは多種多様で、自分に合った形にカスタマイズされていく。
その刺激が悪の要素がどれだけ含まれているのか。
悪人と善人の違いは、そのさじ加減によるものだ。
天国という場所は、およそ刺激というものが発生しにくい。
安寧秩序が保たれており、不平不満を言うものはいない。
いわば善人のみの世界。
善人しか存在しない天国で、盗みや暴行といった歪んだ刺激を求めるような、白澤はそんなタチではなかった。
いや、そんなタチであったら神獣とは言えないのだろうが。
女に、酒。
このぬるま湯のような生活の中に存在する、健全な刺激。
ーと白澤は思っている。
酒は過ぎると体に残るが、薬と睡眠があれば回復する。
つまり、自分にしか被害は被らないので自身で責任がとれる。
女はというと…

「いっで!!」

突然後頭部を物で殴られたような感覚が走り、白澤は後ろを振り返る。
そこには、昨日夜遊びを共にした女ー確かどこかの神殿の世話人かなんかをしているーが物凄い形相で立っていた。
なぜこんなに彼女が怒っているのか分からず、白澤が頭をさすれば、自分の足元に携帯が落ちていることに気づく。
おそらく先ほど自分の頭に投げられたのは、これだろう。
そして彼女の怒りの原因もきっとこれ。

「ちょっと白澤様?!あなた私と一緒にいた時も、複数の女とやり取りしてたみたいね!」
「え〜…そうだったかな?ああ、仕事の関係かと」

こんなふうに女性を怒らせてしまうのは常々ある。
白澤としては、ただ女性が好きなだけで、皆同じように接しているだけのことだ。
それが悪事なのか。
白澤は悪事の内に入らない、と思っているのだが、桃太郎が言うには、白澤様は女泣かせなのだから立派な罪人ですよと言われたことがある。
なるほど。確かに酒と比べれば、相手に少なからずの否定的な感情を抱かせているのだから、悪事の要素は含まれているだろう。
だがいっときでも、お互いに快楽や刺激が満たされれば、それは全くの悪事とは言えないんじゃないか。
こう返したら、屁理屈はいいですとにべもなく桃太郎に言われてしまった。

「仕事であんたは夜の予定を聞くの?!!」
「僕仕事熱心だからねえ、夜寝る間も惜しんでるってわけ」

さて、女性の皆がそうとは言わないが、どうして携帯をわざわざ覗いたりするのだろうか。
不安が故にそんな行動に出るのだろうが、大体疑いをもって見たものは、どんな内容だとしても自分の予想に当てはめようとするものだ。
なので見たところで安心することなんかほとんどない。
今回の女性はこれまた思い込みの激しいタイプなようだ。

「語尾にハートマークつけた仕事はロクな仕事じゃないんだよ!!」

女が手元にあった置時計をつかみ、白澤目がけて投げつける。
おっと、と軽くそれをかわして見せれば、時計が壁にぶち当たり派手な音が響いた。
女は余計に腹立たしくなり、手あたり次第にそこらへんのガラクタを投げ始めた。

「ちょっと落ち着いて、ヒナタちゃん」
「私はヒナトだ!!」

ひらりひらりと物をかわし、ガラクタがぶつかる音が響く。

「あんたなんか地獄に落ちろ!!」

女が小さめな、しかし結構な量の薬草が入った薬箱を投げる。
ひらりと白澤がよけ、また壁に当たる音が響くかと思えば、予想に反して鈍い音、何か別のものに当たった音がした。
壁掛けにでも当たったかなとあまり気にしなかったが、目の前の女の顔がさっと青ざめているのを目にして、様子がおかしいことに気づく。

「どうしたの?ヒナトちゃん」
「あ、わ…私帰る!」

さっきの威勢はどこへいったのか。
身支度もそこそこに、血相を変えて飛び出ていく彼女を尻目に、白澤が後ろを振り返る。
そこには、頭と肩に薬草を被った鬼灯がいて、彼女の態度が変わった原因があった。
よりによって、何でこのタイミングにこいつが来るのか。
いつもなら、このいけすかない訪問者を見て盛大なため息が出るところだがー。

「ぶはっ」

頭から薬草を被った鬼灯を見て、思わず吹き出してしまった。

「…お前が地獄に落ちるのは私も賛成ですね」

鬼灯が白澤を睨みながら薬草を払っている。

「ぷっ、薬草顔に付けてても全然説得力ない」
「昼間っから情事の諍いを起こしているのが、神獣の白澤であることの方が説得力ありません」
「諍いって程じゃないさ」
「ならいざこざ。いつか女に刺されてしまえ」

怠そうな動作で、鬼灯が椅子に腰掛ける。
白澤はそんな鬼灯を見て、不思議そうに見やった。

「…馬鹿に今日は大人しいな」
「何がです?」
「いや、いつものお前なら、殴り返すことぐらいやってるだろ?」
「…私はヒマじゃないんですよ。さっさと用件を済ませたい」

ふーん、と白澤が気のない返事をして、小さな紙切れを鬼灯から受け取る。
その時、鬼灯の額が紅くなっていることに白澤は気がついた。
先程の薬箱が当たった跡だろう。
いくら小さな箱とはいえ、木で作られた箱というものは体に当たると結構痛い。
人より頑丈とは言うものの、やはり傷は出来るのか、と白澤は変に感心してしまう。

「なにじろじろ見てんですか、気色悪い」

鬼灯の元をすぐに離れない白澤を不審に思ったのか、不機嫌な色を帯びた目を白澤へと向ける。

「私は急いでるんです、早くしてください」
「へえへえ、分かりましたよ。地獄の補佐官様〜」

受け取った紙切れを、ひらひらさせながら白澤が嫌味を残す。
その後に続くだろう文句を背に、注文の品を探そうとすれば、何のことばも返ってはこなかった。
逆に調子が狂うなと、白澤は頭をかく。
これじゃまるで、あいつの悪口を待っているみたいじゃないか。
自分は断じてそういう性癖はない。
というか、相手があの鬼灯だという時点で、己の性癖だのをあげる事が間違っているのだが。
…考えれば考える程、いつもの自分が保てなくなるようで、白澤は頭を振った。

「えーと、クコはどこにやったか…」

すると突然、白澤の背後から派手な物音が響いて、咄嗟に後ろを振り返った。

「ちょ、えっ?!鬼灯?!」

そこには椅子から落ちた鬼灯が、うつ伏せになって倒れていた。
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