S.S.

□星ふる夜に
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ボリスは夜風にあたりに、外へ出た。

住み慣れた場所から離れ、風を感じるのは気持ちが良い。

ボリスはこうやって、毎晩一時間ほどひとりで外に出る。

月夜でも、雨混じりな夜でも。
それは何も、一人になりたいとかそんな訳ではなく、一人という感覚を取り戻せるというかー。
ときに、こうやって真っ暗な世界に意図的に身を置くのだ。

暖房の効いた室内にいたせいで、空気がことのほか冷たく感じる。

「風邪ひくんじゃない?」

毎晩外へ出ていくボリスに、コプチェフがそう尋ねたことがある。

「…毎晩やってるとそう簡単にはひかないもんだ。」

「へえ…そんなもんかなあ。」

一応コプチェフはボリスの体を心配しているようだが、その声かけはあっさりとしたものだった。

コプチェフはどうも、ボリスが言うことを信じきってしまう所がある。

それが根拠がないものであっても。

ボリスはポケットに手を突っ込み、煙草を探す。
煙草はそこにあったものの、いつもあるはずのライターはない。
おそらく家に置いてきたままなのだろう。

ボリスはちらりと振り返り、自分がいた家を見る。

ぼんやりとした灯り。

自分が今まであの場にいたのかと、まるで次元が違う気がした。

たった何十メートルしか離れていないのに。

ライターを取りに帰り、またこの場へ戻ってくることは、他人の目から見れば何とないことなのだが、ボリスにとってはとてもエネルギーのいることに思えた。

真っしろな息を吐き、ボリスは草むらに腰を下ろす。

草の独特なかおりがする。
手の平には、冷たく湿った、雑草の感触があった。

自分の口から、いくつもの白い息がもれていく。


「冬は空気がすんでて、星がきれいだっていうけど本当だね。」


ふと後ろから聞きなれた声。

ボリスが振り向いたと同時に、何かものが飛んできた。

反射的にそれを手で受けとめ、それは自分の手になじんだ形であることに気づく。

「机の上に置いたままだったよ。」

ボリスが自分の手の平を開けば、そこには自分が使っていたライターがあった。

「…わざわざ届けにきたのかよ。」

「まあね。」

声の主であったコプチェフが、よっこいせと声をあげながらボリスの横にすわる。
風呂に入ったばかりなのだろうか。
清潔なせっけんの香りが、冬のにおいと混じる。

「さっむー。ボリス、毎晩よく平気だね。」

「平気ってわけじゃない。」

「…そうか…」


闖入者であるコプチェフは、異質な感じがした。
恋人でもあるはずだが、この空間だとそれはまた全く違う位置付けになるようだ。
それが“邪魔者”とかわるのかと言うと、そうではない気はする。


「…寒いよ、ここ。ひとりだと…。」

コプチェフが夜の闇に溶け入りそうな声でつぶやく。


「…寒くていいんだよ。ここは。」


ボリスのことばもまた、境界のない闇に消えていく。

ひとりになる。

それを強制的にでも感じなければならないのは、なぜなのか。

ボリスは自分でも理解出来ない。





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