S.S.

□いつものこと
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※コプチェフが口悪い、ボリスが一枚上手な設定。
※キレ追跡している最中。



.......

口の中に入った砂利と血が混ざり、その不快感を紛らわせたくて煙草を吸おうと懐に手を伸ばす。
腹を派手に殴られたせいか、ボリスはまだ思うように動くことは出来ない。
やっと動かした手が掴んだ煙草は、ぐしゃぐしゃに潰れてしまっていた。
脱獄犯を目前にしながら逃げられるだけでなく、ラーダを破壊され、そして大層な怪我というおまけ付き。
この後待っている上司の嫌味と始末書の処理に追われることを想像すれば、気が滅入らない方がおかしい。
普通に喫煙することも叶わず、ボリスは盛大にため息を吐いて天を仰いだ。
ラーダの残骸に寄りかかっているので、背中にまたも鈍い痛みが走る。
もうこの際、痛みなどどうでもよかった。
見上げた空は、場違いに晴れ上がっていた。

「生きてる?」

コプチェフから突然視界を塞がれ、影ができる。

「…死んでる」
「元気な死体だな」

未だ動けないボリスとは違い、コプチェフはどうやら身動きはいくらかとれるようだった。
しかしやはり中々の怪我は負っているので、すぐにボリスと同様、隣に座る格好になる。
厄介なことが後一つあったと、ボリスは思い出す。

「ラーダが幾つあっても足りねえな。二人の脱獄犯追跡で破産するんじゃねえの」
「俺らの身体の方が先に潰れそうだけどな」
「…もう少しどうにか何ねえのかよ」
「何がだ」
「お前の狙撃手としての腕」

コプチェフが煙草を取り出しながら、嫌味を吐く。
もう一つの厄介ごととは、このコプチェフだ。
任務が上手くいかないと、いつにも増して口が悪くなるし、その矛先は大抵ボリスに向く。
苛立つのは分かるが、毎度のごとく当たられるのは勘弁して欲しかった。
ボリスもいい大人なので、毎回相手にするわけではないし、何しろ上手くいかなかった任務後の疲労感というものは半端なく大きいので、大体は流しているのだが、今日は何故か癪に障る。
コプチェフが煙草を咥えたまま、ボリスに向かって泥と血で汚れた手を差し出す。
何かを要求しているようだ。

「…なんだよ」
「火。ライター飛ばされたわ」
「知らん。自分で探してこい」
「それが出来たらお前に頼まねえよ」

自分の煙草が潰れてしまい吸える状態ではないのに、コプチェフの煙草は無傷であることがまた納得いかない。
狙撃の腕を貶されもして、何でほいほいこいつに火を貸す必要があるのか。
ボリスはまたも腹立たしくて、横目でコプチェフを一度睨み、ポケットの中にあったライターを取り出す。
しかし、それはコプチェフに渡ることなく、大きく弧を描いてラーダの残骸の向こうへと消えた。
言うまでもなく、ボリスがライターを投げやったのだ。

「おい!何やってんだよ!」
「ライターいるから貸してやったんだろ」
「普通に渡せよ!見当違いなとこに当てんのは狙撃だけにしろっつーの!!」
「あれ、買ったばっかりだからちゃんと探せよ」

いい大人ではあるが、大人気ないところを存分に持ってもいるのだ。
それはボリスもコプチェフも同じだった。

「信じらんねーっ。お前もう今日一人で帰れよ」
「言われなくても一人で帰る」

潰れてはいるが、幾らか原型をとどめている煙草を一本だけ見つけ、ボリスはそれを口に運ぶ。
そして、胸ポケットに入れていたマッチを取り出して火をつけた。
コプチェフはその様子を見て、怒る気すらなくしてしまったようだ。
自分の煙草を折って、やけくそなのか地面にごろりと横になり始めた。

「お前のその性格の悪さは何なの?」
「人のこと言えるのか」
「あーあ。何でこんな奴が俺の相棒なわけ?いつまで経っても出世できやしねえよ」
「お前一人なら出世の望みはゼロだろうがな」

コプチェフはこれに何か言い返そうとするが、何一つ言葉が出てこない。
事実だからだろうか。
運転手である自分は、狙撃手であるボリス抜きで出世をすることはあり得ない。
狙撃手を乗せてはじめて、自分に運転手という役柄が与えられるのだ。
そんな変え様のない事実がまたコプチェフをうんざりさせ、大げさにため息を吐いた。
ボリスは煙を青空に向かって吐き出している。

「あー煙草うまい」
「…殴りてえ」
「返り討ちにしてやる」

痛て、と声に出しながらボリスがおもむろに立ち上がり、「じじくさ」とコプチェフが悪態をつく。
そんなコプチェフに向かってこれ見よがしに煙を吐き、そして残った煙草とマッチ箱を投げ渡した。

「それ吸ったら行くぞ」

片足をやや引きずりながら、ボリスが投げ飛ばされた銃を取りに向かう。
コプチェフはボリスにしてやられた感覚を持ちながら、身体を起こす。
腹立たしい相棒ではあるが、なんだかんだ言うことを聞いていることもまた事実。
それが一番、腹が立つのかもしれない。
いや、すぐにその腹立たしさは諦めに代わるのだが。
ボリスには敵わない。
そんな気持ちが湧いてくるのだ。だが不思議と、その諦めは自信を喪失したり、自己を卑下することには繋がらず、だからこそ、こんなくだらない喧嘩のようなことを懲りずに繰り返すのかもしれない。

コプチェフは自分に投げられた煙草の箱をあける。
そこには潰れてしまった煙草しか入っていなかった。

「ボリスーーっ!てめぇ!吸えるやつ一本もねえじゃないか!!」
「捨てといてくれという意味でお前にやったんだが」

コプチェフの怒声を後ろに、ボリスは少し笑っていた。

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