S.S.

□煙草の香
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ベッドに入ったまま、上半身を起こした状態で煙草を吸う。
コプチェフはそんなボリスの姿をちらりと見る。
何を考えているのか、分からない空虚な表情だ。しかしやはり目付きの悪さは保たれていて、コプチェフは何だか可笑しくなる。

「なにニヤニヤしてんだよ。」

どうやら自分は笑っていたらしい。
ボリスに言われて気付き、コプチェフは立ち上がってベッドサイドへ移動する。
コプチェフ横に置いてあるサイドテーブルの灰皿に向かって、すっとボリスの細い腕が伸びた。

その腕をつかんで、こちらに引きずり落としたくなる衝動にかられる。
そんなことはもちろんできなくて、コプチェフは自分の腕をかたく組んだ。

ボリスとコプチェフが、いわゆるそういう付き合いを始めて、まだ一週間足らず。ボリスはどうか知らないが、コプチェフは男と付き合うなんてことは初めてだった。
女性との付き合いは人並みにしてきているが、相手が男、しかもこんな殺し屋みたいな男が相手となると正直お手上げだ。

ふとコプチェフはボリスが同性との付き合いが豊富なのかどうか聞きたくなり、ベッドに座ったままのボリスに視線を移す。
「何だよ?」
煙草の煙がボリスの周辺に充満しており、それがなんだかボリスを覆うバリアのようだ。
コプチェフはしかし、思い切って聞いてみる。ボリスの恋愛遍歴について。

「ボリスって、今までどんな人と付き合ってきたの?」
「何だいきなり…。」

余計なこときくんじゃねえと、上から殴られるかと思いきや、意外にも何も反応がない。
気になってコプチェフはボリスの乗っているベッドへ移動しようと体を起こした。

「いやさ、やっぱり気になるじゃん?今の恋人がどういう付き合いしてたのかって。」
「そんなもんか…?」
「しかも俺、男と付き合うのは初めてだし。」
コプチェフがボリスの横に座る。
ボリスは灰皿に煙草を置き、その煙草から細く白い一筋の煙が棚引いている。

ボリスはヘビースモーカーだが、よく煙草を灰皿に置いたまま駄目にしてしまうことがよくある。


「それ、絶対話さねえと駄目なのか?」
「いや…。」
コプチェフはしまったとボリスに聞いたことを後悔した。
自分が聞かれても良いことが、他人に聞いても大丈夫なこととは限らない。

「もちろん。」

コプチェフはそっと、ボリスの手に自分の手を乗せた。
冷たく、しかし節のしっかりとした手だ。
「ボリスが話したい時でいいし、それに絶対話さなきゃいけないことじゃないしね。」
「…ああ。」
「いやさ、俺がどう付き合っていけばいいのか、分からなくてさ。」
「……。」
「だから…。」

下にあるボリスの手が、シーツを掴んでいる。

「だから…、抱いていい?」

何故こんなことを言っているのだろう。コプチェフは自分が吐いたことばなのに、恥ずかしさを今更感じた。

「そんなの許可が必要なもんなのかよ。」
ボリスはふっとこちらに柔らかい笑みを返す。

その表情で、コプチェフは救われたような気がして、ボリスの肩を支えて自分に引き寄せた。
いつ触っても、硬くて細い身体だ。
以前付き合っていた女性たちとは全く違う身体。

だが、今は自分は彼のことが好きで、この骨っぽく冷たい身体も好きなのだ。

ボリスもコプチェフの体に少し体重を預ける。
ボリスの体には、煙草の香りが仄かに残っていた。それは決して嫌悪する香りではない。どことなく甘く焦がしたような匂いなのだ。

「俺の恋愛遍歴なんざ、大して面白くねえよ。」
ぽつりとボリスは呟き、よりコプチェフに身体を預けた。



灰皿に置いてある煙草は、いつしか灰へと変わり残骸がテーブルに転がっていた。

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