S.S.

□血の味
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コプチェフは仕事を終え、出勤簿を記入しに署内の管理室にいた。
この狭い管理室は、いつ来てもペンキの臭いが充満している。
コプチェフは自分の出勤簿を棚から取り、サインをした。相棒のボリスは他に仕事があるらしく、一足先にコプチェフが業務終了だ。
ふとボリスの出勤簿が目にとまり、コプチェフはそれをそっと手に取ってみる。
ボリスの字は細くて縦に長く、走り書きしてあることが多い。
出勤簿にはびっしりと日付とサインが並んでおり、ボリスの多忙さを物語っていた。表はもう一杯になっており、裏面になっている。
コプチェフはごく自然に裏を捲ると、そこには赤黒い染みが付着していた。
恐らくこの色からして、血だろう。
血で汚れる任務を終えた後に、出勤簿を手にしたのだろうか。
ふとコプチェフの頭に、ボリスと出会った時の光景が甦る。
初対面だけのことではなく、その仕事柄ボリスは血に塗れていることが少なくない。
返り血ならまだしも、やはり自分の大切な人が怪我をして帰ってくるとコプチェフは気が気でなかった。
コプチェフはそっとその不気味な染みをなぞる。

不意に、管理室のドアを開ける音がし、コプチェフは顔を上げて我に返った。
「よう、コプチェフか。」
入ってきたのはかなり大柄で隆々とした筋肉をもつ男と、やや肥満気味な男の二人。二人ともコプチェフの先輩だ。何度か仕事上世話になったことがあるが、相手を見下す態度と下品さに辟易した覚えがある。
あまり関わりたくない二人だ。
コプチェフはボリスの出勤簿を素早く元の場所へ戻し、「お疲れ様です」と会釈する。
「…コプチェフ、お前の相棒はどんなだよ?」
ニヤニヤと下卑た笑みを太った男がして、コプチェフは舌打ちしたい気持ちにかられた。
「お陰さまで、世話になってます。学ぶことが多くて…。」
コプチェフはにっこりと、他人行儀な態度をとり早くここから出ようとドアへ向かおうとする。
「まあ待てよ。」
大柄な男がドアの前に立ちはだかる。ガムを噛んでいるようで、始終口を動かしている。
「あの殺人鬼との生活をちったあ教えてくれよ。」
コプチェフは“殺人鬼”という言葉に、かっと頭に血がのぼるのを感じた。
男を殴りとばしたい衝動を必死に抑えるが、同時にどうしても許せない気持ちがごぼごぼと沸き起こってくる。
「…ボリスは…、殺人鬼何かじゃ…ありません。」
怒りを必死に抑えて、コプチェフは口を開いた。
「殺人鬼に違いないだろー?人を何とも思わずに撃ちまくるんだからよお?」
背後にいた太った男が、浮わついたような声で話す。
「ギャハハ、ミリツィアの中に殺人鬼がいるとは面白くねえか?いつ俺らも殺されるか分かりゃしねえよ!」
全く笑えない冗談に、コプチェフは静かに相手を睨む。
「…急いでいるんで、通してくれませんか?」
「なあ、あいつマジで前の相棒殺っちまったの?」
本当に聞きたいことはそれなのだろう。
この二人に真相を話しても、在られもない噂を流されるのは目に見えている。
「知りませんね。」
コプチェフははっきりとした口調で伝えた。
「はあ?知らねえなんてことあんのかよ?」
相変わらずの下品な笑みで太った男が、コプチェフに詰め寄った。
「何でも話してるはずだろお?だってお前ら、できてんだろ?」

ガチャッ

突然ドアが開き、そこにはボリスが立っていた。
「…何やってんだ?」
男二人とコプチェフを見て、ボリスはコプチェフに話しかけた。
「おっ?噂をしたら彼女のご登場だぜ!」
大柄な男が自分よりも小柄なボリスを、馬鹿にしたような目で見る。その姿を見てコプチェフは、自分に言われたかのような怒りを覚える。
しかし、当の本人はちらりと相手を見、男には何も言わずに出勤簿を取りに部屋へと入った。
その姿が癪に触ったのだろう。次は太った男が舌打ちし、ボリスに向かって話しかけた。
「あのさあ、あんたこのコプチェフ君とできてんでしょ?」
ボリスは出勤簿にサインしながら、男を軽く睨み、また無視を決め込んだ。
「先輩に向かってそんな態度とっていいのかあ?」
男ががしりとボリスの華奢な、しかし鍛えられた肩に手を置く。
「っへえ〜、ほっせえな。やっぱ君が女役なのか?」

バキッ!!

その太った男の言葉に、コプチェフは気がつけば相手を思い切り殴ってしまっていた。
派手に床に転がり、太った男が鼻血をだしつつ、咳き込んだ。
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