S.S.

□悪夢の後で
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真夜中の2時。
コプチェフは何故か今日はあまり熟睡できず、目が醒めてしまっていた。身体を起こさず、目だけをゆっくりと動かす。
徐々に嗅覚と聴覚も冴えてきて、自分の部屋に僅かに香る煙草の匂いに気付く。
コプチェフの隣には、その煙草を吸った本人であるボリスが眠っていた。コプチェフとは反対の方向を見ており、どんな寝顔をしているのか分からない。
ボリスへ自分の意識を集中させてみれば、ボリスの身体から深く、くぐもった声がした。気のせいかと思ったが、ボリスの身体が微かに震えている。
「…ボリス?」
コプチェフは身体を起こしそっとボリスの顔を見ると、額に汗が滲み出ている。
うなされているのか。
起こした方がいいのか分からず、ボリスの腕付近をそっと触れた。
コプチェフがその腕に触れたと同時に、突然ボリスは大きく息を吸い、コプチェフのその手を掴んで上半身を起こした。

「……、何だ…お前か…。」
ボリスは肩を上下させ、コプチェフの手を掴んだまま荒い息を吐く。
「う…うなされてたけど、大丈夫?」
「ああ…。」
突然起きたボリスに驚いているコプチェフを尻目に、ボリスは額の汗を拭った。
手は握られたままで、未だ小さく震えている。
「…嫌な夢でも見た?」
「……まあな…。」
まだ震えているなんて、余程怖い夢だったんだろう。
コプチェフは肩を抱き寄せる。

怖いならば、それを埋めればいい。

「…お前、何も聞かないのな。」
コプチェフに体を預け、なお手をかたく握ったままボリスは呟いた。
「聞いてもいいなら…聞きたいよ?」
「…またあいつの夢見たんだ。」
あいつと聞いて、コプチェフはすぐにそれが誰だか分かる。
恐らく、自分の前のパートナーのことだろう。
コプチェフはボリスから以前のパートナーについて聞いたことがある。
なぜ彼が死んだのか。
きっかけは何だったか忘れたが、そのことについてボリスが話してくれた。
「また見たんだね…。」
「…俺はあいつに何もしてやれなかった…。」
「……後悔、してるの?」
ボリスは小さく頷いた。
コプチェフはその姿を見て、唇を軽く噛んだ。

何て自分は身勝手なのか。
こんな苦しんでいる彼がいるのに、未だボリスの心に深く根付いている、顔も見たことがない相手に嫉妬している。
コプチェフはボリスの身体を離し、顔を見つめる。
「…どうした?」
悲しそうな顔をしているボリス。
いや、そんな表情をしているのは自分の方だろう。
薄い色をしたその口を塞ぎ、コプチェフはまたボリスの身体を寄せた。
やや長いキスをして、コプチェフとボリスは抱きあったまま横になる。
「ボリス…、今は俺がいるよ。」
「……。」
「だから…、悲しいこととか…辛いこととか、分けて欲しいんだ。」

ボリスがずっと前のパートナーのことを、トラウマであるかのように引きずっているのは知っている。
そして、恐らく彼を好きだったということも。
きっとどんなにボリスに愛を注いでも、自分はもう現実にいない、彼にかなわないとも。
でも、いや、だからこそ今ここにいる自分にもっと頼って欲しい。
それはもしかしたらエゴかもしれないが。
「…お前の優しさに甘えんのは、ずるいだろ。」
「…ずるくないよ。俺がそうしたいんだしね。」

ボリスの身体を自分により引き寄せて、コプチェフはその身体があることを確かめる。
いまボリスの隣にいるのは、他でもない自分なのだ。
そう自分に言い聞かせるために。

「そのかわりさ…。」
「なんだ?」
「俺が必要な時には…ボリスが側にいて。」

ボリスはコプチェフの顔を見る。
もうその顔からは、先程の苦しさは見られない。
「…んなの当たり前だろ。」
「へえ〜素直だね。」
「うるせーよ。」

少し幸せな気分が戻り、コプチェフはボリスにもう一度キスをした。
ボリスが、自分を支えるコプチェフの身体に手をまわす。

キスを終えた口で、ボリスの首筋に赤い印をつける。

今は俺のものだから。

その証しに。




end

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