S.S.

□傷に口付け
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「ボリス…、キスしていい?」
コプチェフは、制服の上着を脱いで真っ白なシャツ一枚になったボリスに声をかける。
「はあ?何だ急に…。」
コプチェフの突然のアプローチに、ボリスは眉間に僅かに皺を寄せた。
「だめかな?」
「だめも何も…、まだ着替えてんだろ。」
コプチェフの申し出を流そうとしたが、シャツを脱ごうとしたその腕を急に強く取られて、ボリスはコプチェフに抱き寄せられた。
そして有無を言わさず、コプチェフはボリスの何か言いたげな唇を奪う。
唇の熱さと、割って入ってくる舌を受け止める。やっと放された口からは、長く熱い息が吐き出された。
「…どうしたんだ?急に。」
「ん、急にボリスといちゃつきたくなった。」
「何だそれ。」
未だコプチェフの腕の中にいるボリスは、呆れつつもコプチェフの背に手をまわした。
自分よりも広く、頼りがいのある背中。
するとコプチェフは、近くにあるソファに優しくボリスを押し倒した。
コプチェフは、二つ目まで外されているボリスのシャツのボタンに手をかける。抵抗されるかと思ったが、意外にもボリスは素直に身を任せていた。

ボタンを外すと、華奢な鎖骨が現れる。
そしてあちこちにある、生々しい傷痕がコプチェフの目に入ってくる。
コプチェフはその細い骨に口付けをし、近くに印されている傷痕にも口を軽く寄せた。
「っ…。」
ボリスの口からは、掠れたうめき声。
傷痕に触れるのは痛かったのかと心配になり、コプチェフは顔を上げた。
「ごめん、痛かった?」
「…痛くねえよ。」
「ここ、結構深いね。」
コプチェフが先程キスをした傷痕を、するりと指でなぞる。
切傷だろうか。その傷痕は他のものよりも際立って色が濃く、傷の深さを物語っている。
「ああ…。確かにそこの傷はひどかったな。」
「やっぱり任務中に?」
「ああ。」
コプチェフはもう一度その傷痕にキスをする。
痛みを忘れたその傷に。
「…ボリス…、もうこんな傷は残さないで。」
「…そんなのわかんねえだろ…。」
無理な願いだとは百も承知。
しかしやはり、この無数とも言える傷痕を見たら、願わずにはいられないのだ。
時々、ボリスを失ってしまうのではないかという恐怖感に襲われる。
その時には、ボリスと体を重ねたくなるのだ。
ボリスが自分の近くに在るということを実感したくて。この身に焼き付けたくて。
それが本来の不安を回避する、気休めにしかならないと分かっていようとも。

コプチェフはボリスのシャツのボタンを全て外す。

「俺はどこにも行かねえよ。」

自分の心を読まれたのかとどきりとして、コプチェフはボリスの顔を見る。
「…俺はお前のことをこれからもずっと好きだ。それでいいじゃねえか。」

たとえ俺がいなくなろうとも、その思いはきっと消えない。
そんなことを言いたいのだろう。
「…ごめん、ボリス。」
細い身体を抱きしめながら、コプチェフは謝った。

「俺は欲張りだから、ボリスの側にずっといたいんだ。」
ボリスの骨張った手足。
掠れた声。
全身に刻まれた傷。
深い隈のある目元。

その全てを自分の側に置いておきたい。
だから思いだけじゃ足りない。

きっとこれは自分が未熟なせいだろう。

「…ずっといたいのは俺も同じだ。」

ただ保証されていないだけ。

コプチェフはまた自分の不安を身から引き剥がし、一時的な安心を求める。


先程よりも長く激しいキスをしつつ、コプチェフは消えない傷痕に触れた。

もう感じないはずの傷から、痛みが走る。


絶望的で絶対的な望みだ。

朦朧とする頭に、そんなことばが浮かんだ。





end

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