S.S.

□レクイエム
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いつも当たり前のように呼んでいた
あいつの名前が冷たい石に刻まれていた。


それを俺がどんな気持ちで見ていたかなんて

お前には分からねえだろうな。




レ ク イ エ ム




帰宅途中に買ってきた花を無造作に、墓の前に置く。
今まで花束という類いを買ったことなんてなくて、何をあいつに供えてやればいいのか分からなかった。

花屋の店員が丁寧に包んだ透明なフィルムは剥がしてしまった。

自由奔放なやつは、どんなに綺麗に飾り付けられた装飾よりも、素朴で自然な美しさを好みそうだ。

何にも包まれていない、真っ白なチューリップ。

まだ蕾のものも数本混じったそれは、柔らかな風に僅かに揺れた。

チューリップの先には、カーティの名前が彫られている。

久しぶりだな、カーティ。

お前が陰気臭い場所に行ってしまって、どれだけになる?

そっちの世界でもへらへらやってんのか?


制服の上着から、煙草を取り出し火をつける。

炎が静かに揺らめいて、煙は墓地の向こうにまで吹き流された。


俺の隣には、もう代わりがくる。

俺は自分のミスとして、今回の事件を報告した。
謹慎といったようなお咎めは一切なく、それ所かもう新しく運転手を手配したそうだ。


なあカーティ。

お前が座っていた場所に、もう違う奴が座るんだ。

お前はそれを どう見てる…?

慌ただしく俺の周囲は過ぎ去って、俺だけが取り残されていくのは 気のせいだろうか。

開きかけたチューリップが、強い春風で飛ばされそうになる。


お前の兄貴とは、あれから毎日と言っていい程 顔をあわせている。


『…何が目的だ?』

お前の兄から、そう問われたことがある。

俺はその問いに答えなかった。
いや。答えられなかった。

俺は正直、この方法であっているのか分からない。

お前が遺していったものを、俺が形にしていくやり方が。

お前が大切だと 命をはって示した
俺とラースの生。

お前を必要としている人間を、二人も残して逝きやがった。

カーティ、教えて欲しい。

俺はこれでいいのか?

お前が遺した…遺していったラースへの遺志を、俺は継げているのか?

いや…そもそもそんなことを俺に望んでいるのか?

カーティ。
俺は時々…
自分がやっていることが、どうしようもなく虚しく感じる。

何故かって?
お前の命が消えた原因が、ラースと…そして俺だという事実。

お前の死の原因は、お前が大切にした人間なんだ。

それは俺にとって、あまりに辛すぎる。
生きることさえ、見失う程。



不意に突風が襲い、俺は土埃の混じった風を避けようと反射的に顔を背ける。


「…聞きたくねえってか…。」


口に加えていた煙草の火は、風でかき消されたようだ。

それを軽い力で潰し、残骸が風に舞う。

「…それとも…肯定してくれてんのか…。」


どちらの意にせよ、俺はこうやって、自分の中に次々と沸き起こる弱音を吐き出しながら 生きなければならない。


ああ。
そうだ。
それが正解なのかもな。
俺もラースも
地べた這いずってでも 生きることが。


何て過酷な遺言だろうか。

死よりも生という選択は、ある意味強さが必要だ。


銃を取り出し、一発のみ残った弾丸を手の平にのせる。
小さいのに確かな重量を感じる。
俺は弾丸を、カーティの墓に供えたチューリップの横に置いた。


「俺の生きざま、責任持って見届けろよ。」


薄暗い雲が、風に流されていく。
空が段々と、柔らかな暖色に染められる。

白いチューリップの花弁をも染める 春の夕暮れ。

一輪だけチューリップを手に取ると、思いの外、それは重みがあった。

弾丸と同じ色に染め上げられた一輪の花を手に、俺は墓地を後にする。


風はもう 追い風ではなくなっていた。






end

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