Novel

□白と黒の背景
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「すみません…ラースという男についてですが…」


うつらうつらとしていたせいで、看守は訪問者の存在に気付くことが遅れ、代わりに間抜けな表情を相手に向けていた。
くすりと訪問者から笑われ、それに訪問者が女性ということもあり、看守は赤面し慌てて立ち上がった。
慌てた拍子に木製のテーブルに足をぶつけてしまい、痛さで声にならない悲鳴を上げる。

「…大丈夫ですか?」

「は…は、はいっ!」

必死で笑いをこらえていた女性が、とうとう我慢出来ずに笑い声を上げる。
高くもなく低くもない、知性を感じさせる声だ。
看守は足をさすりながら、今になって初めて相手の顔を見た。
歳は自分と同じく二十代後半だろうか。
服装はミリツィアを表す制服に制帽。

切れ長な瞳は、きっちりとまとめあげられた髪と同じ、漆黒の色をしていた。
肌がまた白いため、その闇のような黒は際立っている。
唇は薄く、全くと言っていいほど紅さを感じさせない。


「…すみません、ご用は…。」

看守がやや戸惑ってしまうのも無理からぬことだ。
ミリツィアには圧倒的に男性の比率が高く、看守という役回りに至っては、女性の割合なんてゼロに等しい。
看守は独身であったし、こんな場に出会いもない。
久しぶりに女性と話すことに、少なからず緊張してしまうのだ。

「ええ、そうでした。…私、本部からの要請で半年前に逮捕されたラースについて、お聞きしたい点がありまして。」

本部からの要請。

看守はその言葉を聞き、身を正す。
重要事項であるには違いないし、ましてやラース…。
あの男についてのことなら尚更だ。

「ラースがどうか?」
「ラースの近状の確認です。私自身の目で確認してくるようにと、要請があったんです。」
「近状の確認…、失礼ですが、毎週報告書を提出しているはずですが…。」
「ええ、していただいてます。しかし報告書だけでは不十分な点があります。」

事務的な話を滑らかに話すこの女性に、看守はいささかムッとした。
看守は几帳面な方で、報告書に漏れがないかどうかは必ずチェックしている。
それが不十分であると今更ながら言ってくるのも合点がいかない。

「それは失礼しました。事前に言って頂ければ、対処したのですが。」

事務的な対応をする相手に、業務用の笑顔を向ける。

「あ、いえ…違うんです。」

女性は制帽を取り、すまなそうな表情を浮かべた。
制帽で隠れてよく分からなかったが、彼女の髪は見事な金髪だった。
鉄仮面のような人かと思いきや、意外にも人間味のある表情をする。

「報告書上のみでは、確認出来ない点が出てきたんです。あなたの仕事が不十分という訳ではありません。」
「なるほど、そうでしたか。早とちりして申し訳ない。」

頭をかく看守に、穏やかな笑みを浮かべ、彼女は血が通っていると思えない程白い手を差し伸べた。

「私、コークスと言います。以後よろしくお願いします。」

心地がよい冷たさのある手をとり、看守も自分の名を名乗る。

「それで…確認したいという点は?」
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