S.S.

□死の杯を
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立ち上がり、そっとカーテンの隙間から外を見る。
外灯に照らされた道を、今しがた出ていった女の姿。
この界隈は、ミリツィアの宿舎が並んでいるから変な輩が近付くことはまずない。
彼女の家はここからかなり近い。
こんな暗闇で遠いのに、彼女の自慢であった金色の髪が揺らめいているのが分かる。

…他に女ができたことは、真っ赤な嘘だった。
別れる口実に使った嘘。
それも、自分が悪者になるような、陳腐なもの。

煙草の煙りを吐いて、固くて冷たい椅子にもたれかかる。
天井を見たら、白い煙りが行き場をなくしたかのように漂っていた。

狙撃手として命を受けたのは、ついこの間だ。
狙撃は以前から得意で、その腕を買われたのだろう。
なかなか待遇もいい。
だが、好条件ということはそれだけの危険があることを意味する。

“ハナ”のことを好きな気持ちは、決して嘘ではなかった。
だからこそ、終わりにした。
狙撃手という仕事は、命が保障されていない任務なのだ。
会える時間も格段に減る。
自分の大切な人が、いつ死ぬかと気を揉みながら部屋へひとりで待つことがどんなに辛いか。
独り身の俺でも分かる。
俺が狙撃手に選ばれたもう一つの理由は、俺が守るべき家庭もない独り身であることだ。
俺が任務で死んでも、悲しむ奴なんざいない。

我ながら最低な男を演じられた。
いや…、俺は十分最低かもしれない。
愛しているならば、死なないことを誓い、必死に任務をこなしていくことも出来たはずだ。
早々にそれを諦め、彼女を部屋から出ていかせた自分は、十分最低だ。
だが…
全く死なないという自信は、自分にはない。

また重いため息が出、俺は上着を羽織り受話器を手にした。
とてもじゃないが、今夜は寝れそうにない。
不味い酒でもいいから、ひっかけたくなる。
俺は今夜空いてそうな同僚に、誘いの電話をかける。

「ああもしもし。俺だ、ボリス。」

夜はもう遅いが、同僚ははっきりとした声をしていた。

「お前どうせ暇だろ?酒付き合えよ。…は?別れたんだよ、女と。」

受話器越しから、驚きと慰めの言葉が聞こえる。

慰めなんていらねー。

今なら間に合う、もう一度女とやり直せって、そんな言葉もいらねーよ。


ただ、これから独りになるべき自分へ、いやになるぐらい、杯を上げてくれ。

もう二度と戻れないように。


俺は机に置いていたブレスレットを、そのままにして部屋を後にした。






end
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