道化師と堕ちた天
□番外編(1)
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「40−15!」
もはや見本でも手本でも何でもないイリュージョンを連発し、仁王は勝つ事に専念していた。
彼らが取れないような他校の強敵の技を次々と繰り出す仁王に、丸井はキレるが、仁王は完全無視を決め込む。何も言わない柳生をいい事に、試合の趣旨もう完全になくなっていた。
「6−4!ウォンバイ、柳生・仁王ペア」
審判の声に、仁王は挨拶もせず無言でコートを出ると、観覧席のベンチに崩れるようにして座り込んだ。これには丸井だけでなく桑原や他の者も目を丸くするが、そんな事仁王は構っちゃいられない。
目の前が歪み、頭ががんがんする。明らかに水分不足が原因だ。
(あー、やらかしたのう…。夏でもないんに最悪じゃ……)
内心舌打ちしたい気持ちでいっぱいながらも、優先事項の上の事を口にする。
「赤也!ドリンクくんしゃい」
「え…、あ、はいっ」
一瞬呆けていた切原は、はっと我に返ると、自分のボトルを持ってきてくれる。お礼もそこそこに一気に喉に流し込むと、漸く少しは楽になった。
「…はぁ……。ありがとさん」
「あ、いや…、別に」
長い息をつく仁王に、切原は訳が分からないという顔をしながらも頷く。一方仁王はすでに切原の方は見ておらず、ボトルを横に置き、自分は膝の上で組んだ腕の中に顔を埋めてしまっていた。
「におっ、おまっ…、マジ何なんだよぃ!」
滅茶苦茶に一方的な試合をされ、丸井の怒りも最もだ。だが続く怒りの言葉は、それまで静観していた幸村によって遮られた。
「待ってブン太。…仁王、そういえばさっきの休憩の時、お前水分取ってなかったよね?」
疑問系ではあるが確信を得ているというその声色に、仁王は黙って頷く。話す気にもならない。
そのやり取りの意味は、元レギュラーの彼らには一発でわかった。はっとした顔の丸井や桑原に構わず、幸村は今度は柳生の方を向く。
「柳生は途中から気付いてたのかな?だから仁王のイリュージョンに何も言わなかった…」
「ええ、そうです。すみません、やはり止めるべきでした」
「いや、それは別に良いよ。それより仁王を連れて行ってやってくれる?」
「はい」
最初からわかっていたらしい柳と真田を除き、いまだ驚いた顔をしている切原や周りを無視し、柳生は幸村の支持に頷く。
「仁王君、歩けますか?」
「平気じゃ…」
肩を支えられ、仁王はのそのそした動きでその場を後にする。
辿りつたのは、コートからそれほど遠くない大きな一本の木の下。元より柳生は、保健室に連れて行くつもりはなかった。それほど重症でない事は、彼らの見た目でもわかったからだ。
「ここで暫く横になっていて下さい」
「ん…」
言われるまでもなくすでに横になって丸まっている仁王は、生返事を返す。そんな態度の仁王に柳生は溜息を一つ溢すと、腕を組んで仁王の事を見下ろした。
「仁王君。先ほどは電話がかかって来ていたためとはいえ、テニスにおいて水分補給を怠るなど言語道断です。あなたは普段から暑さに弱いのですから、休憩前にもダルそうな様子をしていましたし、自分の体をもっと大事にしたまえ」
「わかっとるよ…」
「まったく、どの口がそんなデマカセをいうのですかね。まったくわかってないでしょう」
ピシャッと言い返す柳生は弱冠敬語が可笑しくなっている。彼が本気で呆れ、怒っているのが手に取るようにわかる。幸村だって、さっきの声は少しだが怒っていた。
(はぁ…。説教タイムの始まりじゃな……)
態度に出すといろいろ面倒なので、内心でだけ思っておく。
腕と髪で顔を隠し、目を瞑ったまま話しを聞く。小言は鬱陶しいが、自分を心配しての事だとわかっているためそう邪険にも出来ないのだ。
何だかんだいって皆良い奴らばかりなのは、お互い周知の事実…。
それは全国に出るようなチームならどのチームもだいたい同じだろう。
自分たちと同じように練習に明け暮れ
全国の頂点を目指していた学校なら当然…
青学しかり、氷帝しかり。そして四天宝寺しかり――
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