道化師と堕ちた天

□F
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「しーらっいし!」

「うわっ……あぁ、金ちゃんか…」

「おはようさん!」

「おはよ」



昇降口に入ろうとすると、突然やって来た遠山に背後から飛び付かれ、白石はつんのめりそうになるのを何とか堪(コラ)えた。

朝から満面の笑みを浮かべる彼に、元気やなぁ…と思うが、それが彼らしいと言えば彼らしいので思うだけに留める。
そんな事を言えば彼が暗い表情になるのが分かりきっているからでもある。

器用にするっと自分の背中から降りた遠山に、ふと昨日とは違う雰囲気を感じて白石は尋ねた。



「どうしたん?何か楽しそうやな?」

「おん!昨日久しぶりに試合したんや。ごっつぅ楽しかったで!」

「へー、良かったなぁ」



はしゃぐ後輩に自分も自然と笑みが浮かぶ。最近はあまり見る事のなかった心底楽しそうな笑顔だ。

良かった…。と思う。

自分のせいで、この感情表現豊かな後輩の『喜』と『楽』の表情が霞んでいたのは、ずっと気になっていた事だった。



「勝ったん?」



何気なく聞いた。
この学校で遠山に勝てる奴がいるとしたら、それは自分か千歳だけなのだから、ほぼ確信しての事だ。

しかし返って来たのは予想に反する答え。遠山の言葉に、白石は耳を疑った。



「いんや。引き分けや」

「――は?…タイブレークせんかったん?」

「おん。タイブレークなしの1セットマッチ。一時間以上かかったわー!」



ますます耳を疑う。



千歳が帰って来てるなんて聞いてない。金ちゃんと一時間試合して引き分ける!?どこのどいつやっ――



「…………金ちゃん、聞いてええか?」

「何や?」

「誰と試合したん?」



ストテニにでも行ったのだろうか、という考えを少しは持ちながら聞く。

しかし予想はまたもや無惨に打ち砕かれた――。





「仁王や。白石いとっ…んっ……!?」

「っ!…ちょぉ黙りっ。金ちゃんッ」



電光石火の早さで口を塞ぎ、白石は声を落として話しながら盗み聞きしている奴がいないかを確認した。



「……その話、友香里に聞いたんとちゃうよな…!?」



手から逃れようともがく遠山を何とか押さ込みながら目を見て問うと、コクコクと首が縦に動く。それを確認してから、白石は昇降口の上に付いている時計で時間を見た。
予鈴の鳴る五分前。思いの他時間が経っていたらしい。

遠山を遅刻させる訳にはいかないので、白石はもう一遠山の目を見て言った。



「昼休み、この前財前と三人で話た場所に来てや。それまで今言った事は誰にも言ったらあかん。…ええな!?」



真剣な表情が伝えわったのか、遠山はもがくのを止めて大人しく頷く。
それを確認してから、白石は漸く塞いでいた手を離した。

思わず語尾がきつくなっていた事を思い出し、急に悪かったなぁ、と謝った。






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