道化師と堕ちた天

□G
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俯いている白石を半ば強制的に連れ出した仁王は、校庭から死角になる校舎隅の方まで来ると、漸く掴んでいた手を離した。
力の入っていない腕は、重力に従って下に落ちる。何の反応も示さない白石に、仁王は黙って白石の頭に手を乗せた。

ポンポンと数回手を動かすと、さすがに「…何すんねん」と反応が返って来る。仁王はククッと笑って手を離すと、白石の顔を覗き込むようにして言った。



「嬉しかったじゃろ?忍足の言葉」



自然と言葉が素に戻っている。



「別に…。それに雅に関係あらへんやん」

「まぁまぁ。俺の前でまで強がらんでもええじゃろ」

「生憎コレが素なんやけど?」



あくまでシラを切る白石に仁王は肩を竦める。



「……何でこういうところだけは無駄に似とるんぜよ」



俺らは…。とわざとらしく溜息をつく。

弱味を見せたくない。負けたくない。同じテニスをやっているせいか、妙にお互いの前では完璧な姿でいたいと思ってしまう。見栄とプライド――。



それはこっちの台詞だとでもいわんばかりに、白石も溜息をつく。しかしその間も終始下を向いたままだ。



「……似とるんは雅のほうやないか?俺より半年以上年下なんやし。だいたい別に俺がどう思てたって関係あらへんやろ。………………と、言いたいとこやけど。……はぁ。…確かに嬉しかったわ。俺、ええ親友持ったわ…」



深く息をついた白石は、そう言って顔を上げた。苦笑いしている顔には、泣き笑いのような笑みが浮かんでいる。仁王はもう一度手を伸ばすと、ポンポンと頭に手を乗せた。



「…俺。こないな状況になってから、謙也と金ちゃんにはいつも助けられてきてん。財前や師範らも随分気にかけてくれとったし。……せやけど、あそこまで俺の事考えてくれとったなんて…。…思ってへんかったわ……。」



嬉しかった……。と白石はもう一度小さく呟いた。





「まぁ、おまんより周りの方がよっぽど現状を危険視しとったって事じゃ。さっきも言ったが、おまんはもう少し危機感を持ちんしゃい」



お前の味方は、実質元レギュラーと顧問しかいないんぜよ――。

仁王はあえて現実を突き付ける。ここ数日感じていた思いを、ここで伝えてしまうつもりだった。
仲間がいればそれで良い…。確かに心の拠り所としては十分だろう。しかしシナリオを進めた今、白石の身の危険はさらに増すのだ。仁王自身も自由に動けなくなるのだから、自分の身は自分で守ってもらわなければ困る。

これは本人も自覚しているが、四六時中謙也に守ってもらうわけにはいかないのだ。



「たまに絡んでくる奴ら。おまんいざとなったら何とか出来ると思っとるじゃろ?」

「…何でわかった?」

「俺もそう思ったからのぅ」



三人くらいなら拳も除けれるし、隙見て逃げ出せば追い付かれる事もないじゃろ。と仁王は不敵に言う。

伊達にテニスで鍛えていないのだ。そんじょそこらの運動部に足で負けるつもりはないし、動体視力もボールより遅い拳を捉えるぐらいには鍛えらさっている。
それは白石も同じだったらしく、同感や、と真顔で頷いた。

それに対し仁王は小さく溜息をつく。
それなら暴力を甘受けせずにせめて受身ぐらい取ってくれ……。しかしそう言っても無駄な事はすでにわかったいた。



『一応聞くが、何でおまんさっき呼び出されたとき反抗せんかった?おまんなら、口でも腕でも頭でもそこらのタメには負けんじゃろ』

『俺は絶対何もしとらん。せやかて、そんな事口で言うても信じひんやろ?手出したらそれこそ俺が悪者にされるし。頭は……、授業中の集中攻撃には全面抗戦してるで』



四天宝寺潜入の話しをした日。仁王の問いに白石は涼しい顔でそう答えた。

いつもの口調、態度を崩さなかった白石。何を言ってもそれに関しては絶対譲らないと、仁王にはわかった。



「はぁ。…まぁ良いぜよ。とにかく、教室に戻った瞬間からシナリオは動き出すナリ。最低限の自衛はしてくんしゃい」

「わかっとる」



小さく頷いた白石の表情は、もういつもの表情に戻っていた。






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